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Arsenal, Misc, Wenger

『マネー・ボール』とアーセナル。ビリー・ビーンとヴェンゲル

ブログを少しお休みした週末は家でゆっくり本を読んでいた。

非常にいまさらながら2003年のベストセラー『マネー・ボール』マイケル・ルイス著(Amazonリンク)を読んだ。これが大変におもしろかった。

2011年にはブラッド・ピット主演で映画化もされたそうな。


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『マネー・ボール』あらすじ

もちろんベストセラー本ということで、当時読んだ人や内容を知ってる人も多いと思う。

プロ野球、米メジャーリーグの「プアサイド」アスレチックスが、当時ほかのメジャー球団が気付いていなかったスタッツデータを「型破りに」駆使して、市場で他の球団が目をつけない安い選手やすでに失格の烙印を押されたような訳あり選手を買いあさり、NYヤンキースなどの超リッチ球団と渡り合っていくというマンガみたいな話。

アスレチックスの成功を見た他球団が次第にざわざわしていく様子は、ちょっとした物語のようなカタルシスがある。フィクションだとしてもおもしろいのに、これがノンフィクションというのだから。

選手の獲得や起用について見た目の印象や風評に惑わされずにデータを重視することと、どのデータをどう見るかというデータ分析の着眼点を変えたのが、アスレチックスがやったことだった。

現代ではすでに当たり前とも思えるが、当時プロ野球(メジャーリーグ)の業界内部では、意思決定においてまだ「経験」を重んじる文化が幅を利かせていた。データ分析が「よくわからないもの」「大して役に立ちそうにないもの」として疎んじられていた。ましてやそれが成績に結びつくなんてまったく思われていなかったという時代背景がある。

そしてそれの有効性にいち早く気付いた元メジャー選手のアスレチックスGM(ジェネラル・マネージャー)、ビリー・ビーンが業界の外から新しい視点を積極的に入れてチームを「合理的に」改革していこうとする。

ビーンは、元選手である自分ではどうしても野球選手としての経験的主観が入ってしまうと、自分の眼すら信じず、ほとんどチームを牛耳っている人物であるにも関わらず、どうしても観たい試合であってもあえて観ないようにする。

ビーンは本来、野球に関しては冷静・冷徹というよりはむしろ情熱的で感情的であるため、合理的であろうとして生来の自分を抑えることに多大な労力をはらう。

徹底的に理性的で科学的な態度を取るGMとしてのビーン、野球に関しては誰よりも激しい感情を持つ元選手としてのビーン、ふたつの側面を持つ不思議な人物が個性的に描かれている。

野球にほぼ興味がないぼくのような人間にとっても、エンタテインメント作品として非常に面白い一冊である。

『マネー・ボール』とアーセナル

これをぼくはずっとアスレチックス(ビーン)とアーセナル(ヴェンゲル)を重ねて読んでいた。

アスレチックスが球界にさざなみを起こし始めたそのとき、偶然にも似たような時期に、イングランドではアーセナルFCに就任したアーセン・ヴェンゲルがこちらもある種「型破りに」プレミアリーグに革命を起こしていた。

96/97シーズンに英国ではまったく無名の監督としてアーセナルのマネージャーに就任したアーセン・ヴェンゲルが、およそフットボールチームの監督とは思えないやり方で、03/04シーズンまで無敗優勝を含めプレミアリーグを席巻したのだ。

当時のヴェンゲルの革命的マネージメントについては、いたるところで語られているので、ファンならもちろんいろいろなエピソードを知っているだろう。

「アーセン? フー?」から始まって、プレミアリーグにシーズン無敗という記録を打ち立てるまでのストーリーは、『マネー・ボール』にだってちっとも劣らない物語だ。

アーセナルはこの14年タイトルから遠ざかっていて、この間ビッグクラブとしてはまったく成功できたとはいえないが、スタジアム建設の負債を抱えながら潤沢なオイルマネーが注入されたクラブと戦い続けたこの14シーズンは、まさにリッチ球団を向こうに低予算でつねに予算以上の成績を目指したビリー・ビーンのアスレチックスと重なるものがある。

時期的なことをいえば、おそらくコンピュータ(インターネット/パソコン)が本格的に業務に使えるようになってきた時期ともリンクしそうだから、シンクロニシティというよりは必然的にそうなったともいえるのかもしれない。

しかしいずれにせよ、時を同じくして遠く離れた米西海岸オークランドとロンドンのプロスポーツで同じようなことを考えてそれを実践し、成功させたふたりの天才がいたというエピソードはおもしろい。

(ここまで書いてきて思ったけど、これふつうに当時のNumberとかで書かれてそうだな……)

アーセナル(ヴェンゲル)を自分に重ねるビーン

ところでこのエントリを書くにあたって両者の親和性からあらためて「Moneyball Arsenal」でググったら、比較的最近(2017年の10月)にこのビリー・ビーンがアーセナルについて言及した記事があって少し驚いた。偶然にも程がある。

Arsenal club model impresses Moneyball guru Billy Beane

いま55才になったビリー・ビーンは、オークランド・アスレチックスのエグゼクティブ・ヴァイス・プレジデントであるらしい。「スポーツ・サミット」で彼が話したところによると。

ビリー・ビーン:スポーツにおいては非常に多くのお金が動く判断がいくつかありますね。それはいい判断です。たくさんのお金があるということは、とてもいい判断を可能にします。マイコー・ジョーダンにはシカゴ・ブルズが彼に払っていた給料よりも、もっと高い金銭的価値がありました。彼もとても高い給料を稼いでいましたがそれでもです。

フットボール(※サッカー)にも同じことがいえますね。彼らの給料の3倍は価値がある素晴らしい選手がたくさんいます。彼らはすでにもらいすぎじゃないのかと思っている人がいるかもしれませんけど。

それにはあまり首を突っ込まないでおきましょう。わたしはアーセナルFCの大ファンなんです。なぜなら彼らはとてもいい見本だからです。フットボールのピッチから経営まで、スタジアムやその他すべてにおいて。わたしにとっては、憧れのフットボールクラブです。それがつまりフットボールクラブのあるべき姿なんです。

その先が聴きたかったなあ。

※画像は当該記事より。右がビーン。左がヒデキ・マツイ。

このビーン氏、16年前に休暇でロンドンを訪れたときにフットボールに興味を持ったということで、そのときに友だちになったのがデミアン・コモリらしい。彼は当時のToTのディレクター・オブ・フットボールで、「ビーン・メソッド」の提唱者だったという。まあToTもオイリーなクラブに比べればアーセナル同様に大した予算のあるクラブではない。近年躍進している彼らにビーン・メソッドが貢献したと思うと敵ながらそれもまた興味深い。以上余談である。

なお、ビーンはこのコメント以前にもヴェンゲルを「自身のアイドル」であると何度か発言しているようで、かねてよりアーセナルの監督に大きなシンパシーを抱いているようだ。

Arsenal manager Arsène Wenger is an idol of mine, says revered baseball coach Billy Beane

What Buying StatDNA Means for Arsenal and Their Moneyball Approach to Football

ぼくは野球にほとんど関心がない。このブログを見に来てくれる人はそういう人も多いと思う。でもこの『マネー・ボール』はおもしろい。機会があったら読んでみてください。



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2 Comments on “『マネー・ボール』とアーセナル。ビリー・ビーンとヴェンゲル

  1. 初コメント失礼します。
    実は僕も、昨日マネーボールとヴェンゲルのことを考えていました。
    というのも、くだんの記事を読んだからなんですが。
    それで、今日このエントリを読んで驚嘆したわけです。
    同じことを考えている方がいるなあと。

    でも、仮説ですが、CL出場枠だとか、サンチェスだとか、ミキタリアンだとか、オーバメヤンとか。
    冬の市場は反対だとか、それで予想外の活発な移籍市場だとか、そういうヴェンゲルの叡智や能力が問われるタイミングだからこういうことを同じ時期に考える方がいるのかなと。
    そんなことを考えました。
    いつも楽しみにしています。

    1. こんばんは。このエントリに反応してくれた方がいてうれしいすね。

      15年前のベストセラーということでなつかしいと感じる人のほうがむしろ多そうに思いますが、当時もアスレチックスとアーセナルの相似を感じた人は結構多かったかもしれませんね。

      データ分析が当たり前になったその後の世界で彼らの方法論の優位性や新規性が薄まっていったときに、ビリー・ビーンとアーセン・ヴェンゲルはそれぞれどのように対応していったのか。そっちも気になります。

      ぼくはヴェンゲルが最後にプレミアシップのタイトルを取って以来メジャータイトルを取れていないのは、結局その方法論が陳腐化してからもそれを超えるやり方を見いだせず、淘汰されたためだと思っています。ビリー・ビーンはどうだったんでしょうね。

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