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Arsenal, Controversy, Player

シュコドラン・ムスタフィが批判について語る「ぼくはターゲットにされた」

最後のくだりは、彼がいかにアーセナルでのプレイに自分の将来をかけているかということが伺える。切実なものがある。

ケガでもない限りは、この先エメリがPLのレギュラーチームで彼を起用するとは思えないが、彼がカップ戦で存在感を示すことは彼にとってもいいことだし、もちろんクラブにとってもいいことだ。チームのパフォーマンスのためだけでなく、おそらくはムスタフィは今年1年(あるいは1月)限りで退団になるのだろうから、彼が本来の評価を取り戻すことは、売却時にはそれだけ投資を回収できるということになる。ぜひともにこれから充実したアーセナルライフを送ってもらいたい。

それと、「試合でプレイしていなくても批判された」で思い出すのは、たしかオーンステインの談話で、エメリがELファイナルのあとにもうムスタフィに我慢の限界が来て彼の放出を決めたというエピソード。そんなのがあったはずだけど、ムスタフィはそもそもELファイナルでプレイしていなかった。だから、よく考えるとすごくヘンな話しだった。。

ELファイナルで敗けてしまったことにエメリは腹を立てていて、それがなぜか出場してもいないムスタフィのせいになってるみたいな? ヒドイとばっちりもあったもんだ。



これを読んで我に返ったひとが多数見受けられた。ムスティのアカウントにハートウォーミングなコメントがたくさん送られていたらいいのだけど。ゴメン云い過ぎたよっつって。

選手への批判と中傷

ファンやメディアからの批判はやむを得ないこともあるだろう。

ムスタフィのように大きな期待を背負ってクラブに加入したのであればなおさらだ。いいプレイができないだけでなく、失点につながるようなやらかしがあればファンのフラストレイションは貯まる。どうしてそれができないのか? そうじゃなくてこういうプレイをしろ、インターネッツにはそんな意見や感想があふれている。このブログもその一部だ。

こんな時代になる前には、新聞・雑誌・TV・ラジオのようなマスメディアが世論のオピニオンをリーディングしていた。若いひとは知らんかもしれんが、ついこないだまで世の中にはスマホはおろか携帯だってなくて、みんな電車のなかでは新聞とか雑誌を読んでたんだぜ。信じられないだろう?

それまではマスメディアの記者の批判にどう対処するかがプロスポーツ選手の仕事の一部だった。そんなことがたぶんこの100年くらいもつづいていた。そのときだってそれなりに大変だっただろうが、今日の比ではない。のどかな時代だったものだ。

インターネットのおかげで、とくにソーシャルメディアのおかげで世界は激変した。プロ・アマ問わず誰もが意見を表明できるようになったのはもちろん、それを相手に直接伝えることもできるようになった。

そしてもはやソーシャルメディアはあまりにも生活に組み込まれすぎて、人里離れた山中でかすみを喰って生きる仙人でもなければ、もう目を閉じて耳をふさぎさえすれば、批判がないのと同じになれるような社会ではなくなってしまった。

そんななかで、罵ることが目的になっているような悪意が猛烈な勢いで増幅し拡散され、中傷となって、それが本人に直接ぶつけられる。

選手だって人間だもの。自分がエラーをやったとわかって反省していても、口汚く罵られれば素直に受け入れるのは難しい。たまったものではないよね。しかもなにかあればそれが殺到するというのだから。

ひどい世の中になったものだ。

アーセナルの話しに戻ると、このインタヴューの話題のなかで、われらのファン界隈でももう選手に直接abuseをぶつけるのは止めようぜという意見を少なからずみかけた。その理由は、選手のパフォーマンスに悪い影響を及ぼすかもしれないから。ただでさえもっと集中してほしいと思ってるのに、そんなことで邪魔すんのは止めようぜと。

まあ問題はそんなことを云ったところで、実際に誰かに中傷をぶつけても何も感じないような輩には届かないってことなんだけども。レイシストのabuseと同じ。これだけ世間でもう愚かな行為は止めるべきだと大きな声になっていながら一向に止まない。ましてやソーシャルメディアは匿名だ。それ以上に難しいのだろう。

以上。

おまけ:AFTVがソーシャルメディアとメンタルヘルス?!

このムスタフィの件と直接関係はないと思うが、AFTVがこんなツイートをしていた。「世界メンタルヘルスデイ」というのがあるらしい。

ソーシャルメディアとメンタルヘルスについて啓蒙活動に参加をしているのかな。立派な行いだ。

でもこれがおかしいのは、「AFTV」って試合に敗けたときにファンが自分たちのチームや選手をいかに激しく口汚く罵っているかを見せて再生数を稼いできたようなYouTubeチャンネルで(もうしばらく見ていないので最近はどうかわからない)。彼らはそうじゃないと云うかもしれないが、以前にはアーセナルのファンチャンネルなのに試合に敗けたときのほうがよっぽど再生回数が多いという指摘もあったくらいなので「その指摘には当たらない」とは云えないだろう。

つまり、ソーシャルメディアの問題そのものである「ネガティヴ・エモーションの増幅装置」みたいなものが根底にあって、実際それをエンタメとして見せてきたということでしょう。まあ以前ぼくも英語の勉強になるし面白くてよく見てたけども、コンセプト?はあんまり褒められたものじゃないかなと。「彼らはファンじゃない」と発言したベレリンとのバトルもあったよね。。

そんなひとらが、QOL? ウェルビーイング? 15分怒りを鎮めましょうって? さすがにこれはちょっと皮肉だなと。。

まあ彼らもメディアとしてどんどん成長しているようだし、いいほうに変化をしているのなら、それはそれでいいことだとは思う。

 

おわり

※コメントくださるかたにお願い
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8 Comments on “シュコドラン・ムスタフィが批判について語る「ぼくはターゲットにされた」

  1. プレイは批判されてもしょうがないこともあると思いますが、人間の否定はいけませんね。さらにいうと、個人のエラーに見えるものも、マクロに見ればマネージャーの戦術的欠陥であることもあり得るわけで。

    チェンさんのリツイートで海外の反応をたまに見ることがありますが、ウィットに富んだジョークに見えるものも人によってはひどい嘲笑に見えることもあるわけで。

    チェンさんも一言一句に気を付けてられると思いますが、これからも楽しみにしてますので、がんばってください。

    1. どもども。毎度です。

      そう。最近はけっこう気をつけていますね。以前はもっと感情に任せて書いていたけど、誰かがこれを読んでるんだと思うと、あんまり無責任なことも書けないなと。若いひとも読んでるかもしれないし。

      おれもいい年して大人になりましたよ。

  2. いつも楽しみに読んでいます。

    さて、この話題について。
    難しいですね。本当に難しい。
    映画撮ったことない奴が映画の批判するな問題とまるっきり同じで、僕らがどれだけ努力したところでムスタフィのフットボールスキルの足元どころか地下百メートルにも及ばないのは自明のことなのに、僕らは偉そうに批評する。
    本来はそんなことは許されないことだと思いつつ、それがプロスポーツの世界だと、もっと言えばそういう僕らがいるからプロスポーツの世界は成立しているわけだと。

    ファンである僕らは、出来るだけ我がチームの選手たちを愛し、信じ、サポートし、気持ちよくプレーさせてあげるべきだと思う。
    でも、チームの負けにつながるようなプレーを見過ごし、まあ次頑張ってくれればいいやアハハと平和ボケしているわけにもいかない。
    構造として、サポートしながら、批評もしなければいけない。
    選手たちと僕らは近いようで、全く遠く、コシェルニの気持ちがわからないまま退団したように、四六時中アーセナル のことを考え、こんなに愛していながらも選手たちのパーソナリティのことをこれっぽっちも理解できないという構造。
    そこにうすら冷たいものを感じ、悲しくなりながら記事を読みました。
    行き過ぎな批判は想像力の欠如によって起こるものでしょうけれど、数十人の生身の人間の集団が何億の人間に見つめられ、しかも互いに打ち明けたコミュニケーションがないという構造こそが、問題の根源であり、しかしそれがプロスポーツというかプロフットボールの世界なのだと少しやり場のない気持ちになりました。

  3. 有名になれば悪意ある批判に晒される機会は増えますよね。
    サッカー選手もそうだし、ブログのコメント欄だってそう。
    理不尽な文句を言ってくる層が一定数いるのは確かです。
    メンタルが強くないと、活動を続けるのが難しい時代です。
    このブログはその点、読者や選手を傷つけないような表現を、
    丁寧に言葉を選んで書いてらっしゃると思います。相当しんどい作業だと思います。
    (chanさんもご自愛くださいませ)
    個人的には、近年のムスタフィーは批判されてしかるべきプレーをしてましたし、
    非難の的になるのはしょうがなかった面もあったかと思います。
    …が人格否定だったり人種差別となると話は別ですよね。プレー関係ないし。
    ムスタフィーの今後バウンスバックに期待。

    1. 次はぺぺが批判のターゲットになると思うので、ぺぺにもほんと頑張って欲しい。ゴールが欲しいですね。

  4. 僕はアーセナル歴が全くもって浅いので、SNS上でclownのように振る舞っている彼の姿しか知らなかったのですが、このインタビューを読むと結構シリアスで繊細な人なのかなと感じました。彼がスタッツ上ではとても良いのに酷いポカをやらかすのは、メンタリーな問題の可能性という以前の指摘もなるほどなと思いました。

    SNS上の姿は、センシティブな内面を隠し取り繕うための振る舞いだったのかもと。カップ戦で自信をつけてバウンスバックに期待したいです。

  5. 発言する動機の問題だと思う。
    最初からフラストレーションを撒き散らしたくて発言してる人は論外だ。

    悪いプレーを悪いと言うのがいけないとは、僕には思えない。
    実際に、ムスタフィのプレーは悪かった。
    明らかな自分のミスをGKのせいにするジェスチャーもあった。あれは擁護のしようがない。

    ただ観客は、しょせん自分たちは外野だと自覚しなきゃダメだと思う。
    フィールド上の誰よりも俯瞰してよく見える観客は、プレーヤーよりもずっと有利な立場だ。
    その眼で何かがわかったからと言って、それ自体には意味はない。誰でもそうなんだから。

    そして今ムスタフィ良くないね、どうすりゃ良いのかねコレ。という話題を楽しむ努力をすべきだと思う。
    それには自制心と節度が欠かせないと思う。
    (自分を振り返ってそう思いますw)

  6. 失礼します
    事実より人々の意見が反映される世の中ですからね
    危険ですよ

    これまでのアーセナルの多くのディフェンスと同じく、アスリート能力が高く一対一が強い
    高いレベルと言っていいスライディングも持っている

    エメリになってディフェンスラインが裏を取られることや相手と一対一になる場面は格段に減りましたから
    前線からパスコースを外に限定してセンターバックは面で弾き返す役割が増えてホールディングが自信を深める一方、ムスタフィはいまいち持ち味を出せず自信が集中力、パフォーマンスに影響した印象です

    ホールディングの一対一が強くなったわけではないです
    監督が求める役割が違いますから二年目までムスタフィは活躍できていました

    それでも昨年リーグ31試合スタメンです
    移籍金と契約年数考慮したクラブの合理的判断もわかります

    キャリアの大事な決断が上手くいってほしいものです

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