マドゥエケのアーセナル移籍、その舞台裏
これはいつものジェイムズ・マクニコラスのThe Athleticの記事が非常に興味深かったと云わざるを得ない。ちょっと長くなるがざっくり紹介したい。
- マドゥエケはアーセナルファンからのノイジーな反応にも動じず。周囲の者たちはそれが彼の精神的な強靭さだと口を揃える。彼はどんな否定的な声も挑戦だと捉え、ハードワークで見返す機会だと奮起する
- アーセナルは素晴らしく有望な若い選手を市場価値に見合った金額で確保したと断言している
- 当初サカのバックアップとしてのターゲットはブレントフォードのBryan Mbeumoだった。しかし、6月初旬に彼がマンUを優先すると知るやいなや、候補者探しが始まりそのなかにマドゥエケもいた
- マドゥエケはアルテタを含むAFCのコーチたちから長らく気に入られていた
- 去年の夏はエドゥとリクルートメント部門が彼との契約に難色を示していたが、ベルタが来て一転
- 今夏、アーセナルはマドゥエケの生産性、PLでの経験、両サイドでもプレイできる能力、年齢、肉体的強さに魅了されていた。それはフロントラインに加えたいプロファイル
- ケパが30才、ノーガードが31才、Gyokeresが27才。23才はスクワッドの年齢バランスも維持する
- それとケガ履歴も。この2シーズンで彼は92試合プレイ。昨シーズンだけで2000分以上プレイしている
- チェルシーは去年夏もそうだったように、この夏も彼へのオファーにオープンだった
- 彼はスタンフォード・ブリッジでは23/24の終わりあたりから、Enzo Marescaから2度もスクワッドから外されるなど(そのひとつはプアな態度のトレイニング)、たびたび規律問題を起こしており、ペナルティの件で試合中にNicolas Jacksonと揉めたこともある
- 彼のチェルシーでのハイライトはウォルヴズでのハットトリックだが、それは彼がソーシャルメディアで「this place is s***」と投稿し騒動になった直後だった
- 12月Enzo Marescaの発言「ノニとは個人的な関係もあるし、彼ならもっとできるはず。彼はゴールを決めアシストを決め始めるとハッピー。そしてやや落ち始める。彼は毎日いいトレインをしなきゃらないし、野心的でなければいけないことを理解すべき。もし彼がゴールを決めたなら、ふたつめ、みっつめとつづけていかねばならない。もっとワークしないと」
- この点についてアーセナルは彼の身元調査を行った。イングランドチームにも話を訊き、彼のパーソナリティやドレッシングルームでの振る舞いについてポジティヴな反応を得た。成長する覚悟のある選手だと。彼はクラブ外では個人スキルコーチとワークに励んでいた(その記事)
- この移籍にはチェルシーの人数問題もあった。ワイドにはすでにPedro Neto、Estevao Willian、新加入のJamie Gittensがいて、Cole Palmerと新加入のJoao Pedroもウィングでプレイできる。チェルシーはさらにもうひとりアタッカーの補強を目論んでいる。 スポルティングから2026年にはGeovany Quendaも加入する。マドゥエケのプレイ機会が減ることは自明だった
- チェルシーのビジネスモデルにとっても、これは投資を回収する機会だった。彼らはマドゥエケを2023年にPSVから€35mで購入している。まだ5年も契約を残していたため、安売りはできなかった
- CWCでのEnzo Maresca「ノニはチームにとり非常に重要な選手だ。しかし、わたしから選手たちへのメッセージとして、わたしがほしいのはチームでハッピーな選手だけだ。もしハッピーじゃないなら、移籍してもらっていい」
- 去年の夏も売却対象だったにも関わらず、マドゥエケ自身は自分からチェルシーに退団を求めたことはなかった
- 彼は自分がMaresca以前の世代の契約だと認識していたし、クラブがもう違う方向に向かっていることも理解していた
- チェルシーでの彼は若い選手たちで占められたグループのひとりで、うまくいかないときはつねに誰がリーダーシップを取るかはっきりしなかった
- マドゥエケはそこはアーセナルは違うと考えている。ドレッシングルームには大きく経験豊富なキャラクターと力強いパーソナリティがある。ピッチでは複数のキャプテンが同時に存在しているチーム。彼はそういうストラクチャを望んだ
- 彼はすでに複数のアーセナルの選手たちといい関係があるため、スクワッドにもすんなり溶け込めると信じている
- 彼が加入するのはすでにできあがったチームであり、彼のポジションにはすでにブカヨ・サカというスタープレイヤーがいるが、きっと自分にも機会が与えられると考えている
- この移籍は、彼がまたロンドンで暮らせる機会でもある。彼はノースロンドンで生まれ育った
- この移籍を主導したのは、Epic SportsのオーナーであるエイジェントのAli Barat。Baratはチェルシーともベルタともいい関係があり、理想的な仲介者だった
- アーセナルからの関心が伝わると、まずマドゥエケと彼の父親がアルテタと話をした。この会談はお互いに成功裏に終わったと感じた。マドゥエケはアルテタのインテンシティが気に入り、彼なら自分の才能を開花させてくれると感じたし、アーセナルのアプローチの細かさのレベルにも感銘を受けた。データを使った彼へのプランを説明された
- 5年契約の個人条件は比較的すんなり合意された。そのあとクラブ同士の取り引き
- アーセナルとの交渉開始当初、チェルシーはマドゥエケとMohammed Kudus、Anthony Elanga、Mbeumoとの比較データで要求する£60mという金額の正当性を主張した
- それだけではアーセナルを説得できなかったため、彼らは選手の1 v 1能力やフィジカリティ、テクニカルな面も出した
- マドゥエケの値札には、彼の英国代表のステイタスも反映されているかもしれない。これまで7キャプス
- もっともイングランドの代表選手であっても、彼はHGとはみなされない。なぜなら、彼は16才でUKを去っているため、PLとUEFAのスクワッドレギュレイションではHGとみなされないから
- Baratの貢献もあり、アーセナルとチェルシーは素早く合意に達した。マドゥエケはCWCファイナルを前にしてチェルシーを離れた。取り引き完了が遅れたのは、マドゥエケとチェルシーのあいだで退団についての条件の交渉があったおかげ
- アーセナルは、マドゥエケの年齢、可能性、PLウィンガーのなかでの数字などを考慮しても、素晴らしい取り引きだったと感じているし、チェルシーも最終的に彼で£50m以上を確保できたことは、投資に見合うと感じている
- アーセナルに来た選手について当初ファンが懐疑的になった前例はたくさんある。アーロン・ラムズデイルがソーシャルメディアでアビューズを受けたのは彼が来た2021年だが、すぐにファンのお気に入りになった。ジョルジーニョやカイ・ハヴァーツだってそう。その後はふたりとも人気者に
- あとはマドゥエケ次第。彼がピッチでもたらすなら、ノイズはすぐに聴こえなくなる
以上。最後のくだりはこのエントリの結びに書こうかと思ってたことそのままで、ちょっと困る。
マドゥエケのプロファイル
以下、TMより。
- Name in home country: Chukwunonso Tristan Madueke
- Date of birth/Age: Mar 10, 2002 (23)
- Place of birth: London England
- Height: 1.82 m
- Citizenship: England Nigeria
- Position: Attack – Right Winger
- Foot: left
TMに代理人の記載がないが、彼の父親が代理人を務めているようだ。
年齢は2002年生まれの23才で、アーセナルではカラフィオーリ、カール・ハインと同学年。なんとサカよりひとつ下だ。いまのスクワッドではもっとも若いひとりとして加入することになる。
イングランドNTでは、ライス、サカ、MLSといった選手とすでにチームメイト。インタビューにあるように、ジュリティンとも親しいようだ。オランダつながり?
身長は182cm。メインポジションはRW。左足。昨シーズンのチェルシーでは、RWでプレイした試合が33に対し、LWが7となっている。
TMによれば、彼の全キャリアにおいてもLWでのプレイは11試合に過ぎず(CFのほうが多い:14試合)、チーム事情などがなければ、基本的には右でプレイするWGだろう。
マルティネリと比較してみた。Wingerテンプレート。
マドゥエケの強みと課題。フィニッシュと意思決定に難あり?
AFC公式サイトでもピックアップされている彼のスタッツがある。
まず、プログレッシヴキャリー(相手ゴールに向かって最低10メーター、ボールを運ぶ)。
つぎに、P90のショッツ。シュートをよく打つひと。
そして、相手ボックス内タッチ。
このあたりが、よく指摘される彼の強みである。
このほか、ドリブル成功が76パーセンタイル、Non-penalty xGが94パーセンタイルなど、ウィンガーとしてかなり優秀なスタッツが並ぶ。
ところが、いろいろな記事やファンの評判に目を通していると、どうも彼はとくにフィニッシュや意思決定に難ありという評価が多いようだ。
たとえば24/25シーズンのPLでは彼の総xG11.75に対し実際のゴールは7と、チャンスから期待できるゴールを大幅に下回ってしまっている。これはPLでワースト2位のコンヴァージョンだという。
Noni Madueke scored 7 goals from 11.75(xG) last season – the second biggest underperformance of any Premier League player. pic.twitter.com/ZdkUkdklIv
— The xG Philosophy (@xGPhilosophy) July 12, 2025
このように、xGの数字(94パーセンタイル)と、実際のゴール(Goals – xG)(5パーセンタイル)の落差がすごい。チャンスはつくっているのに、それをゴールに変換できていない。これはいけない。
High-spending clubs overpay for high-profile 🔥players who often overperform their underlying stats. Data-driven clubs target underperformers from the bottom-right corner of this graph pic.twitter.com/3eM3cgkQBI
— markstats (@markrstats) July 18, 2025
このグラフのなかでMaduekeの名前はハイライトされていないが、けっこうすぐ見つかった。びっくりするほど下にいるから。
昨シーズンの数字がとくに悪かったようなので(その前と前々シーズンは彼のゴールはxGを下回っていない)、不運もあったのかもしれないが、チャンスをゴールにコンヴァートできない理由には、意思決定もあるだろう。GKとゴールを前にして冷静になれない。
ハイライトリールを観ただけだとわからない。これ以外にため息を誘うようなプレイがたっぷりあったのか。
Excited by the arrival of Noni Madueke, @Arsenal fans? 🔴 pic.twitter.com/pYAT1mnRfN
— Premier League (@premierleague) July 18, 2025
意思決定の未熟さは、ゴールだけでなくチームプレイにも影響は大きい。
相手選手が密集する狭いスペイスのなかで瞬時の判断が求められるFWの選手にとり、ここはわりと死活問題だ。とくにウィンガーには重要な能力かもしれない。自分で行くか、パスを出すか、どこに出すか、いつ出すか、状況によってつねに適切な判断が求められる。これができないウィンガー(FW)は、その都度ファンのため息を誘うことになる。
この点について、アルテタがコーチングで改善できるかどうか。
「マドゥエケはただのバックアップではない」問題
さて、この前書いたマドゥエケのエントリに「サカのバックアップで済ませないでいろいろ可能性を考察しやがれこのバカチンがー」というおしかりのコメントをいただいて。まあ、ただのファンブログに過大な期待をされても困るなあと思いつつ(ちょうどそれを書いてくれたひともいたありがとう)、彼をただのサカのバックアップではないとしてちょっと考えてみようか。
具体的には、彼の左でのプレイ。これはどの程度あるんだろうか。
ちなみに、彼とアーセナルとのリンクが確度の高い情報として報じられた当初、HOAが「マドゥエケはLWでのプレイを望んでいない」と伝えていたので、ぼくは彼のLWでのプレイはないものとして考えていた。
しかし、彼はチェルシーでも昨シーズンはLWとしてプレイした試合もあるし、インタビューでもプレイするポジションはどこでも構わないという。
となると、左サイドではマルティネリ、トロサール、あるいはEzeが来るならEzeと、LWを競うことになる。
個人的には、Ezeが来れば、いずれ彼がLWでプレイすることになると想像しているので(彼は左サイド活性化のキーマンだから。ちまたではクラブは彼をMFとして見ているということもいわれるが、ライスとEzeがポジションをシェアしている姿は想像しにくい)、そうなるとLWでマドゥエケのチャンスがどれほどあるかは疑わしいように思えるが。
それと、彼が左足のWGということは、つまりアルテタにとって彼はそもそもナチュラルLWじゃないということもある。アルテタは、LWには右足の選手を使うし、RWには左足の選手を使うコーチ。だから、マドゥエケをあえてLWで使うのは、それなりの理由があるとき。
その点で興味深いのは、先日JJが云っていたように、彼がLWでプレイすることで(カットインサイドしない)左ハーフスペイスにライスが攻撃参加できるスペイスが生まれるという。そういう効果はたしかにあるかもしれない。
もともと、いまのチームはライスのB2Bとしての攻撃部分をもっと活かしたいチームであり、そのセットアップは都合がよい。
あとは、スタートとしてではなくサブとしては、RWだけでなくLWの機会はありそうには思える。とくにシーズン序盤は。彼のLWでのポテンシャルを試す意味でも、むしろ左で積極的に使いたいとアルテタも思っているかもしれない。
だから、そうだね! マドゥエケはただのバックアップじゃないかもしれない。まあ金額的にもずっとベンチを温めているということはないか。LWでスタートする可能性は、あってもだいぶ先のように思えるが、それでもLWの可能性は当然模索されることになるとは思う。
さすがに彼のためにサカのポジションを移動するオプションはないかなあ。
マドゥエケはアーセナルで人気選手になる
ここまで、あまりにアーセナルファンの反応がひどかったために、BBC Sportのようなメディアでもそのことが記事になったりしてしまったほどだったが、一時期のファンのネガティヴなヒートアップはだいぶ落ち着いたと思う。むしろ、その反動でいまは歓迎ムードのほうが優勢のようにすら思える。
ファンの憎悪を掻き立てることで悪評高いAFTVでさえ、獲得が決まった彼を歓迎するようファンに呼びかけているほど。こういうふうに、どこかで歯止めがきくファンベイスでよかったと思う。まあ、自分の観測範囲だけに過ぎないけど。
それと、アーセナルでも、当初はひどく批判されながらその後には結局チームの人気選手になっていった選手たちの系譜もある。
最近の事例でも、ベン・ホワイト、アーロン・ラムズデイル、ジョルジーニョにカイ・ハヴァーツといった選手たちが獲得当初にわれわれのファンの一部から過剰な批判にさらされたが(わしもベンジャミンの獲得当初はサリバとの関係でだいぶ懐疑的な論調でブログ記事を書いたことは認める)、その後彼らは大いに活躍して、むしろ人気選手になっていった。パフォーマンスで、いわれない批判を見返した。
これは、マドゥエケにも当てはまりうる。加入当初にファンから批判を受ける典型的パターンといってもいいかもしれない。想定外に大きな移籍金に、ファンのあいだでは未知の真価。今回はここにチェルシー産という特殊事情も加わる。
チェルシーといえば、彼はやっぱりチェルシーを嫌がっていたのかね。CWCとはいえカップファイナルの直前に離脱とか、チームに愛着がなさすぎて。その噂がほんとうなら、むしろアーセナルファンは彼を大好きにならなきゃおかしいよね。
そう考えると、彼がIGにポストしたフェアウェルメッセージも皮肉がにじんでる。チェルシーのスタッフやチームメイト、ボスに感謝を述べたあと。「最後にチェルシーファンのみんなへ。愛情と称賛、それと批判もありがとう。すべて感謝します」。ウケる。
Dear Chelsea Football Club,
I want to thank you for the Last 3 or so years. To every staff member that helped me along this journey, thank you. To my teammates thank you for everything, I leave with only love and admiration for you guys. We achieved so much this season and I honestly wish you guys nothing but the best. To Enzo Maresca, it was a privilege to play under you, thank you for trying to better me as a player and as a person. Lastly thank you to every single Chelsea fan. Thank you for the love, the praise and also the criticism, I appreciate it all. I leave here with nothing but fond memories.
Love NM11.
彼の獲得を心底反対していたアーセナルファンも手のひらを返していいでしょう。しかも、ノースロンドンで生まれ育ったローカルボーイじゃないか。
一度仲違いした関係が修復されていくプロセスを見るのはいいものだ。ハヴァーツのときのように、またCHEサポにぐぬぬと云わせたい。チェルシー戦のゴールセレブレイションも見ものだね。
彼のこれからに大いに期待しよう。
ノニ、Welcome to The Arsenalだっ!