「トップ下」。それは日本のサッカーの世界で特別な意味を持つことば。
マンガ『キャプテン翼』の主人公、翼くんがストライカーではなくトップ下の選手であったことは興味深い。
ゲームの中心にいつもいて、ゲームの流れをつくっていくゲームメーカー、花形であり主役だと認識される日本における特別な役割。それが日本で「トップ下」と呼ばれるポジションである。
「キラーパス」ということばも流行ったように、得点でゲームを決めるというよりも「得点を決めさせる」選手に注目がいくのは、いかにも裏方の職人気質を尊ぶ日本人らしい価値観かもしれない。
さて、日本では「トップ下」がとかく特別視される傾向があるが世界に目を向けるとそうとは限らない。
世界の「トップ下」事情
現時点でヨーロッパでも主流の4-2-3-1などのフォーメーションではその役割が採用されるが、フラット4-4-2などのフォーメーションではそもそもトップ下というポジション自体が存在しない。
また、近年英国プレミアリーグでも3バックを選択するチームが出てきたように(3-4-3や3-5-2)、戦術の幅も拡がり、CFの後ろに守備力のないゲームメーカータイプの選手、いわゆるクラシックな「トップ下」を置く傾向は減りつつある。
1993年のJリーグ開幕以来、カズ以降の中田、中村、本田や香川など、日本でもしばらくトップ下を志向する選手がスター扱いをされてきた歴史が長く続き、まるでトップ下が中心選手とでもいわんばかりの状況になっていたが、現代フットボールの世界においてその考え方は必ずしも主流派ではない。
「トップ下」ということばは海外で通じるのか?
「トップ下」。意外なことにこれをそのままそっくり英語で表すことばはない。
その役割の選手を指すことばとしては、英語では「No.10(10番)」がある。
No.8(CM)、No.9(CF)というように、特定の役割の選手をナンバーで表現することもある。
なかでもNo.10という場合は「CFの後ろで自由に動いてゴールをアシストする選手」というまさにトップ下と同じ意味で使われる。
日本でいう「トップ下」との違いがあるとすると、英国で”No.10 role”と使う場合は、どちらかというとやや古典的(時代遅れ)というニュアンスを含むときがあるように思う。
日本語の「トップ下」という本来の語源に近いニュアンスでは「Behind the striker(ストライカーの後ろ)」といった表現がされることもあるが、英国で日常的に使われるのは圧倒的に「No.10」だろう。
日本でたまに聞く「シャドウ(シャドウ・ストライカー)」という表現はイングランドではあまり聞かない。
No.10 roleとは?
「No.10」が意味するプレイヤーとは、もちろんセンターフォワードの後ろのポジションということになるが、その選手について「No.10」という呼び方をする際には、同時に攻撃時にポジショニングの自由が与えられているプレイヤーというニュアンスがある。規律よりも創造性を発揮すべき立場ということだ。
また、同じ攻撃的な選手でもサイドの選手に比べると守備の要求が厳しくないという特徴もある。
これは単純に、サイドの選手が守備時にはほとんど最前列から最後尾まで戻らなければならないのと比べて、守備時の移動距離が短いからともいえる。多くのNo.10的資質をもった選手がサイド(ウイング)をやりたがらない理由でもある。
そのほかの英国で通じないであろうポジションの呼称といえば。
「ボランチ」はセントラル・ミッドフィルダー?
これも英国でけっして聞くことのない呼称だ。そもそもポルトガルから輸入されたサッカー用語で英語ではないのだから当たり前だが。
ボランチ(〈ポルトガル〉volante)
《自動車などのハンドルの意》サッカーで、中盤で相手の攻撃の芽を摘み、深い位置からゲームを組み立てるポジション。また、そのプレーヤー。→ディフェンシブハーフ (小学館 デジタル大辞泉)
あるいは、
ボランチ【volante】
〔ハンドルの意〕
サッカーで、中盤に位置し比較的自由に動いて、相手の攻撃を早期に潰し、味方の攻撃の起点となる働きをする選手。 (三省堂 大辞林 第三版)
これに変わる英語は、CM(セントラル・ミッドフィルダー)あるいはDM(ディフェンシブ・ミッドフィルダー)だろう。
セントラル・ストライカーを「No.9」というように、CMの選手を「No.8」や「No.6」という呼び方もすることもある。
また前方にポジションを取るNo.10が、ゲームメーカーというよりはセカンドストライカーとして、より得点に絡むことを期待される昨今では、この中盤の底にいる選手がパッサーとしてゲームメイクの重要な役割を担うようになっている。
おそらくは、この中盤でゲームメイクする役割としては、英国では「ボランチ」よりも「レジスタ」のほうがまだ浸透していると思われる。
日本でいうボランチはBox to boxというよりは、CBに陣取るアンカータイプのことを指すことが多いんだろうか。
ボランチということばが便利すぎて定義があいまいなまま使われている感じがして、個人的にはモヤモヤする。
そして、CMやDMあるいはB2Bといった呼称は、語呂がわるいためか日本では「ボランチ」やインサイドハーフ、ディフェンシブハーフといったことばより浸透していないように思う。
サイドバックはフルバック? センターバックはセンターハーフ?
日本でいうサイドバック(4バックにおける両サイドのディフェンダー)も英国では使われない。
英国では、日本でいう「サイドバック」は「Full back(フル・バック)」と呼ばれる。昔の2バックで守っていたシステムの名残らしい。
なお、左右のフルバックの選手をそれぞれ、「Left back(レフト・バック)」「Right back(ライト・バック)」と呼ぶ。
日本で「右サイドバック」などというが、「右バック」のほうが圧倒的に短くていいやすいのに、この呼び方が定着しないのはなぜだろうか。
某巨大掲示板のプレミア系板でもいまだに「RSB」「LSB」などと略語でまでわざわざ「S」を入れる育ちの良い律儀な面々が多いが、逆にそれは英語では使われない。「RB」「LB」なら使われる。
そして、古い名残から同じく不思議な呼称になっているのがセンターバック。
徐々に中盤から下がってきたという歴史があるらしく、英国ではセンターバックをそのまま「Centre back」あるいは「Centre half(センター・ハーフ)」と呼んでいる。
日本でセンターハーフといえば中盤の選手のことなので、とても紛らわしい。
まあ日本で暮らしている限りほとんどのひとにとってもどうでもいいことであるが、プレミアリーグのファンとしては、SNSや現地ニュースなど英語で接する情報が多くなるにつれ、自然と日本で使われる用語のほうに違和感を感じるようになってきている。
日本は独特のカタカナ語が多くて困りますね。参考になりました。