日曜のPLトトナムで、アーセナルから移籍したマンUのChido Obi-Martin(17)がシニアデビューを果たした。たった3分間のサブでタッチすらもなかったというが、17才でマンUのようなメガクラブでデビューしたことは彼には大きな名誉に違いない。
彼はAFCユースでは際立った活躍をしていて、アーセナルも慰留に努めたがそれに失敗しマンUに去っていった経緯もあり、アーセナルのファンは誰もがこのできごとを苦々しく思ったことだろう。
そしてもちろん、とくにアーセナルは現在ストライカー不在という危機的状況に見舞われている最中で、もし彼のような選手がスクワッドにいたら彼にも大きなチャンスになるはずだった。
アーセナルが慰留に失敗したという意味では、ミカ・ビエレスも同じで、この冬に移籍したASモナコでたった5試合で二度ハットトリックをやるなど、アーセナルを去ってからも連日のように大活躍が伝えられている。
ふたりとも、プレイ機会を求めていたことが移籍を決断した大きな理由だったのなら、いまごろはアーセナルのファーストチームでプレイしていたかもしれず、タイミング次第で彼らには違う未来があったことになる。この噛み合わなさ。それとも運命のいたずらといおうか。
そんななかで、昨日のThe Telegraph(Sam Dean)がチド・オビの移籍の背景についてリポートする記事が、アーセナルファンのあいだでも話題だった。
Revealed: The reason why Chido Obi left Arsenal for Man Utd
これを読みつつ、アーセナルアカデミー(ヘイルエンド)の戦略についても、もろもろ思い返すことがあったので少し書いてみよう。
「なぜChido ObiはアーセナルからマンUに移籍したか」by The Telegraph
記事を要約する。
※彼の名前はChido Obi-Martinが正式のようだが、ここではなぜかChido Obiや、ただObiと記載されている。理由不明 ※小見出しは訳者による
Chido ObiがマンU移籍を選んだ理由
- Chido Obi17才がマンUでPLデビュー。奇しくも、彼が本格的にフットボールで生きることになったエミレーツからさほど離れていないノースロンドンの地でだった(※アウェイのToT戦)
- 彼はAFCアカデミーでの2年で、クラブにおけるもっとも有望なひとりとみなされていた
- この日のマンUのベンチには、同じくアーセナルから移籍した18才のDF、Ayden Heavenもいた。冬に去った彼の移籍金は£1.5m以上だと考えられている
- この光景はアーセナルではかなりフラストレイションを引き起こしたはず。クラブのエグゼクティヴたちは彼の才能に気づいていたし、彼を引き止めるためにハードワークもしていた。ミケル・アルテタも個人的に彼に働きかけたと云われている
- ではなぜ彼は、この重要な時期にマンU移籍を選んだのか
- 理由のひとつでありえるのは、彼と彼のアドヴァイザーがAFCが示したファーストチームへの道筋に納得しなかったこと
- もうひとつの可能性は、マンUがAFCよりもはるかに多い財政的オファーをしたこと
- アーセナルは、彼に今シーズンU-18からU-21に移行していく計画を伝えていたようだが、選手はU-18レヴェルで示していたことからも、もっと早い昇格を望んでいた
- 昨シーズンの彼はU-18の18試合で32ゴールを決めているし、マンUに移籍して以降も、U-18で15分間でハットトリックをやったり、FAユースカップでは7ゴール決めていた
- 日曜の彼のPLデビューは、アーセナルがオファーしていたルートよりももっと早かったのだ。もっともアーセナルもストライカー危機でそれができる可能性はあったが
- ライヴァルクラブに有望株を失った直後、アーセナルは同じチームにもうひとり失った。が、Heavenの状況はChido Obiとは違っていた
- アーセナルはHeavenにオファーをしていたものの、彼の前にいるシニアDFたちを考えれば、実際ファーストチームに入るにはかなり難しかった彼の退団についてはまったく問題視されていなかった
アーセナルはユースにも真剣
- このふたりの移籍について、ファンのあいだでは、クラブのユースへの無関心への懸念もある。アカデミーのベストタレントたちを維持できないのは、アルテタが彼らにファーストチームの機会を十分に与えていないからだと
- 去年の夏には、有望だったDFのReuell WaltersとウィンガーのAmario Cozier-Duberryのふたりが退団を決意した。アストン・ヴィラへ移籍したLino Sousaも
- しかし、それ以降、アルテタはイーサン・ワニエリとマイルズ・ルイス・スケリーのふたりにコンスタントに機会を与えており、すでにここまでふたり合わせてPLの26試合でプレイ。アルテタがアカデミー選手を信頼していないという噂は完全に払拭されている
- そしてワニエリとMLSがあの年齢でもファーストチームに十分インパクトを与えられるほど優秀なのは明らかであり、去っていった彼らにアルテタがそれと同じことを感じていなかったことも明らか
- 去年夏にルートン・タウンに移籍したWaltersは15試合出場にとどまり、ブライトンとサインしたCozier-Duberryは、ローンでブラックバーンでプレイしているが、21試合で1ゴールのみ
早い時期からタレントを確保する意味
- 彼らの退団のもうひとつの要素は、Obi、Heaven、Sousa、Walters、Cozier-Duberryは全員AFCアカデミーでユースキャリアを始めていないこと。Chido Obiはデンマーク生まれでAFCアカデミーに来たのは2022年。HeavenはWHUアカデミーで4年過ごしてからアーセナルに来た
- いっぽうで対照的なことに、ワニエリ、MLS、サカはみな8才からここにいる。AFCアカデミーではU-9の年齢グループが最重要だとみなされている。それはより若年のときからクラブの文化に親しむ意味もある
- 彼らのクラブとの絆は、あとから来たものたちよりも強い。たとえばワニエリはアーセナルに残るために、ほかのクラブからのより魅力的なオファーを断っている
- アーセナルがそうした有望選手たちを維持できなかったことが高くつくかどうかは、時間がたてばわかる。いまのところ、クラブのなかではChido Obiだけは逃してしまったという印象が強い。彼がOTで成功するようなことがあれば、このフラストレイションは今後さらに高まるだろう
以上
若いタレントの才能と忠誠心を早くから育む
若いときにクラブが選手の才能を見極められずに手放してあとで後悔するケイスというのは、どんなクラブでもあることだろう。いまフットボール世界で活躍する若いトッププレイヤー全員がクラブの生え抜きではないということは、つまりブレイクする前の彼らを手放したクラブがあるということ。誰だってひとの将来を見通すのは難しいから、これはある程度はしょうがない。とくに一流選手がプレイするビッグクラブでは、よっぽどのことでもないかぎり、若い未熟な選手に機会を与えることは難しいし。
しかし、Chido Obiのようなケイスについては、すでに際立つ数字を残していて、クラブも類まれな才能だと認めていた。ファーストチームでプレイする有力候補として、これからもクラブにキープしたかった。それなのに失ったこと。たしかにこれは痛い。
現在のマンUのひどい状況も、むしろ彼にとっては追い風だろう。彼らのボスは既存の9をベンチにおいてまでCMをストライカー起用するくらいで、ストライカーでのチャンスがかなりある。まあそういう意味では、アーセナルに残ってもいまなら同じくらいか、あるいはそれ以上のチャンスはあったかもしれないが。
選手側にしてみれば、マンUのようなクラブに移籍できて、お金もたっぷりもらえて、トップレヴェルでチャンスももらえるなら大成功。選択は間違っていなかった。おめでとうだ。われわれにしてみれば、彼がこのままブレイクするようなことがないことを祈るばかり。そんなことがあれば、ハンケチを噛んで悔しがっちゃう。
この記事のポインツのひとつは、U-9の重要性について指摘された部分。
より幼少のころからずっとアーセナルにいる彼らは、よそのクラブから来た選手よりもクラブへの忠誠心、絆があるのだと。ちなみに、U-9というのはアカデミー組織のもっとも下の年齢グループ。いちばん上はU-23。
ぼくはこの記事をr/Gunnersで知ったのだが、近年の有望株の退団のひとりである現在はイプスウィッチでプレイするオマリ・ハッチンソンも、その前には、チェルシーやチャールトンのアカデミーにいたひとりと指摘されていた。彼はヘイルエンド出身だが、そこにいたことがあるというだけ。
いっぽう近年のAFCアカデミーの成功例であるウィロック、イウォビ、ESR、ネルソンらは、やはりU-9からアーセナルで、ファーストチームまで上り詰めたものたち。このあたりのグループでは、エンケティアが元チェルシーアカデミーではあるものの、みんなクラブを去るときにエモーショナルなメッセージからしても、アーセナルというクラブにとても深い思い入れや忠誠心があった。大切なことだ。
このように、クラブ一筋のユースキャリアがそういったメンタリティを育むことがある程度はっきりしている状況であるなら、クラブとしてU-9のリクルーティングに力を入れるのも当然になる。そして、それはどのクラブでも同じようなものかもしれない。だから、そこが熾烈な競争の場になる。才能ある子どもの奪い合い。8才というと、日本だと小学2年生?
ちなみに、U-9がもっとも重要という考え方は、以前からアーセナルアカデミーでも共有されている。
2024年10月のペア・メルテザッカー(AFCアカデミーマネジャー)のインタビュー。The Athleticより。
メルテザッカー:アンダー9は、年々ほとんどもっとも重要な年齢グループになっている。リソースをつぎこんでいる部分でもある。
そして、わたしは彼らの親たちにはこう云わねばならないのだ。わずか1%しか成功しませんと。「大丈夫ですよ。あの子はつぎのブカヨになれます」なんて云えない。ブカヨで触発することはできても、そこには現実がある。
U-9は、チームを前進させるための基礎を築くものなんだ。U-8の移籍市場のことはともかく…… しかしそれに近いかもしれない。才能ある8才には、すでにたくさんの機会があり、そこからは正しいシステムのなかにいなければならない。あまり大きな約束はせずにだ。
この部分、このブログで以前にも紹介したことがあったような? まあいいか。
アーセナルがこのU-9の移籍市場で競う相手は同じロンドンのクラブ。トトナム、チェルシー、ウェストハム、フラム、パレス、QPRなどなど。それらのライバルクラブを出し抜いて、特別な才能ある選手を早くから確保していなければならない。
現在のワニエリやMLS、そしてダウマンらの活躍で、その重要性はさらに強く認識されることになっていることだろう。スポーツ面、財政面で彼らがクラブにもたらす利益は半端なものでない。
そして、彼らのこんなにも早いファーストチームへの昇格は、8才タレントの親たちにとってはこれ以上ないほど大きなPRになる。自分の子どもが将来の大スターになる明確なイメージを持てる。
素晴らしい。
直近のヘイルエンドのニュースでは、Marli Salmonという15才のDFがアーセナルU-21(PL2)でプレイしたらしい。彼より早くU-21に昇格したのは、これまでワニエリとダウマンしかいないというのだから、そうとう期待できそうだ。CBとRBでプレイできるということは、いまのシニアチームでいうところのベンジャミンやティンバーのタイプ。
Schoolboy defender Marli Salmon continues excellent progress as he steps up for Arsenal U21s
Only Dowman and Nwaneri were younger when they played for Arsenal U21s in Premier League 2.
Salmon, 15, can play at right-back or centre-back https://t.co/u50lSRkyJ3
— Jeorge Bird (@jeorgebird) February 16, 2025
こうしてつぎつぎと若い選手が頭角を現すアーセナルアカデミー。未来はほんとうに明るいと思う。
ユース戦略の流れで「ブリティッシュコア」についても触れておこう。ユース戦略の先には英国人選手たちの発展がある。ヴェンゲルさんの時代にも、若い英国人たちを中心にしたチームをつくろうとしたことがあったように、アルテタのアーセナルもまたそれを目指している。2019年11月のArseblogによるメルテザッカーのインタビューより。
(最近あなたはアーセナルの「ブリティッシュ」コアについて言及していますね。それは「ブリティッシュ」であることが重要なので?……)
メルテザッカー:この前わたしはイングランドのブルガリア戦を観ていたが、そこにアーセナルの選手はいなかった。いまは、リースとエディがU-21にいるだけ。ほかのビッグチームには、3人とか4人の選手がイングランドのシニアスクワッドにいる。そこを目標にすべきだ。
代表チームのファンとつながれるのもいいことだし、クラブを代表することにもなる。みんなにとっていいことなんだ。
わたしは、イングランドのシニアスクワッドのなかにわれわれの力強いコアが必要だと強く考えているし、それこそがわれわれが築いていくべきものだ。
このインタビューからもう5年がたっているが、現在のアーセナルの状況はまったく悪くないんじゃないか。
現在は、トーマス・トゥークルによってMLSが真剣にイングランドのシニアスクワッド招集が検討されているというし、ワニエリもあの調子なら初招集までそう遠くないように思える。NTのマネジャーが、トップクラブのベストプレイヤーを長く放置しておくことはできない。
アーセナルでは、すでにサカとライスというNTの中心選手がいて、マネジャーが変わったことでこれまでNT招集拒否までしていたベンジャミンにも声がかかるという噂もある。4-5人がイングランドNTに選出されるようなことになれば、かなりの存在感だ。英国という国におけるアーセナルのプレゼンスがより高まっていく。
ユースが成功して、それがブリティッシュコアにつながっていく。アーセナルはちゃんと自分たちで設定した目標に向かっている。
おわり
そして何より我々にはあのレオ・メッソくんがいる。彼に私は期待しています(笑)