試合の論点
リヴァプール vs アーセナルのトーキングポインツ。
お互いの保守的アプローチ。試合を決めたのはフリーキック? それとも後半の勇気?
前半のアーセナルはけっこうよかった。
サリバがいきなりいなくなって一時はどうなることかと思ったものの、交代で入ったモスケラが予想外に冷静でプレイも正確。それもアーセナルの落ち着いたチームプレイにプラスの影響を及ぼしただろう。
前半のアーセナルは相手のプレスに臆することなく、終始冷静にバックからボールを回し、攻撃につなげていた。(ラヤのやらかしなどはあったけど)
その証拠に、前半のショッツはアーセナルの6に対してリヴァプールは2(xGはふたつで0.08)で、アーセナルはほとんど危なげなかったといっていい。また、コーナーの数は0 v 5で、それも攻撃でどちらが優勢だったかを物語っている。
Liverpool in the first half: zero entries into the opponent’s danger zone, only 5% of actions in the final third. Arsenal failed to capitalize and lost momentum after halftime. pic.twitter.com/5RJtuGipOG
— markstats (@markrstats) August 31, 2025
しかし、後半に入るとこの流れが変わっていく。試合後に目にしたいくつかの反応だと、リヴァプールはハイプレスのやりかたを前半からもっと積極的なアプローチに変えたという。ぼくはそう云われるまで気づかなかったが、たしかにそうかもしれない。
ぼくが試合を観ていて気づいたのは、リヴァプールのビルドアップで前半はほとんど観られなかった、アーセナルのライン間が使われるようになっていったこと。しかも中央のもっとも危ないゾーン。あのバックラインからのパス一本で、アーセナルの整頓された守備ストラクチャは内側から侵食されてしまい、そのたびにアーセナルは軽くパニックに陥っていただろう。回数は数えていないが、それは一度や二度ではなかったと思う。
彼らのゴールにつながるあのフリーキックを与えてしまった場面も、まさにそこにパスを通されて、ズビメンディがたまらず相手を背後から倒してしまったのが原因だった。あそこでボールを持って前を向かれるのはとても危ないのだよね。まさに急所。
あそこは、どのチームにとっても、本来もっとも優先してボールの侵入を防がねばならないエリアだろうが、それでもうまく使われてしまったのは、アーセナルの守備のやりかたがまずかったのか、あるいは彼らの攻撃がよかったのか。彼らがより積極的になったというのはたしかだろう。
今回こういう結果に終わったことで、アーセナル(アルテタ)の慎重で保守的なアプローチが批判的な目にさらされているが、そうはいっても、それはスタッツが示すとおりリヴァプールとて同様だっただろう。少なくとも前半は。
お互いに、勝つよりも敗けないことを優先したかのような注意深い戦いかた。今回のヨクレスとEkitikeという両チームの9が、ほぼまったく仕事ができなかったこともそこに起因しているだろう。アーセナルはとくにそれがスターティング11のDMを3人使うようなMFの人選にもあらわれていたため、批判されやすいポイントではあった。
しかし、後半にリヴァプールのほうにはっきり流れがシフトした原因は、アンフィールドのスタンドの熱烈なプッシュなどいくつもあるだろうが、後半のリヴァプールがより勇敢になった(リスクをかけた)からという意見には、じつはわりとぼくも同意だったりする。
ライン間、しかも中央エリアへのパスのような、成功率の低いリスキーなプレイを厭わない勇気。もともと選手の技術クオリティは高いのだから、やれば成功すると信じること。それはつまりメンタリティだろう。そこを後半に、意識的に変えてきたように思われる。
アルテタは、この試合の決め手はあのフリーキックだけだったと試合後に述べたが、正直そこは100%同意しかねる。後半はあれだけはっきりと勢いが違ったのだから、アーセナルファンとして認めるのは残念ながら、あのフリーキックがなくても彼らのほうがこの試合に勝つ可能性は高かったと思う。それが、わずかな差だとしても。
その点について、たまたまとあるTWを目にして、なるほどと思ってしまったのだった。The TimesのJonathan Northcroftというひと。
You have to risk to win the biggest prizes, biggest games. Arne Slot does it, Liverpool do it. Their passing in 2nd half became so much bolder. They never took a step back. Mikel Arteta isn’t there yet. Not starting Eze… Arsenal are such a good team but still need to do more.
— Jonathan Northcroft (@JNorthcroft) August 31, 2025
最大のトロフィを勝つにはリスクをかける必要がある。Arne Slotはそれをやるし、リヴァプールもそれをやる。彼らの後半のパスは、かなり大胆になった。彼らは決して引こうとしない。
ミケル・アルテタはまだそこには到達していない。エゼをスタートさせないとは…… アーセナルはとてもいいチームだ。しかし、まだやるべきことが多い。
アルテタというひとは、やっぱりちょっとconservativeでpragmaticなんだよね。そこがずっと変わらない。ヴェンゲルさんよりは、ずっとエメリ氏に近い。この試合も、オーデガードの代替に数あるオプションのなかからメリーノを選んでしまうくらいには保守的であり現実主義的。プラスを目指すより、まずマイナスにならさそうなほうを選ぶ。
彼はリードしたときには、さらにゴールを狙いに行かないことが多いし。試合中の変化もあまり好まない。そう感じるときが多い。ペップやクロップよりも保守的だろうし、もしかしたらSlotよりも。これまでは、足りないスクワッドだから取れるアプローチも限定されるといういい訳もあったが、いまは十分な道具を手に入れているので、マネジャーの戦術やアプローチの違いがよりわかりやすくなっていると感じる。
もちろん、つねに野心的で冒険的だったときにそれが結果に出なければ、そこはナイーヴだとか試合マネジメントが稚拙とか云われるので、結局ダメなときはどんな理由でも批判はされるんだが、まあそのあたりのバランスについては、アルテタはやや消極的なほうだとは思う。リスクを嫌う。
まあこのテーマはこんなところで数行で済ますような話ではないので、またべつの機会にでも書こう。
もちろん、今回の試合でタイトルもシーズンも決まるわけではないし、そこまで悲観する必要はない。この試合がこんな結果に終わっても、もしこれがエミレーツなら今度はこちらが勝てるとは信じられる。アンフィールドのプッシュがすごいように、エミレーツのプッシュもすごいから。
そもそもアーセナルは、彼らで云うところのSalahやVVDのようなキープレイヤーを失っているという事実もある。100%同士ならきっと敗けない。
だが、もし万が一今シーズンのアーセナルが目標達成できなかったときには、このテーマをあらためて掘り返さねばならなくなるような気もしている。アルテタはつねに「差は小さい」と述べているように、毎試合のようにゴールひとつが勝敗の決め手になる。その1点を分けるものはなにかと考えたときに、やはり姿勢とかメンタリティみたいなものが、まさしくスモールディーテイルになるように思うのだ。戦力の先にあるもの。
これは、アルテタの唯一かどうかはわからないが、数少ないネガティヴポイントのようには思える。ドロウがもっともありそうなスコアだったことは認めつつ、今回はそれが裏目に出たような気がしている。
アーセナルの対ビッグ6敗けなし記録が終わる
アーセナルが最後にPLの「ビッグ6」に敗けたのは、2023年4月のマンシティ。それ以降、2年以上にわたりビッグ6との対戦で無敗だった記録(22試合)が今回で終わってしまった。がーん。
Date | Opponent | H/A | Score |
---|---|---|---|
02/05/2023 | Chelsea | H | W 3-1 |
03/09/2023 | Man Utd | H | W 3-1 |
24/09/2023 | Tottenham | H | D 2-2 |
08/10/2023 | Man City | H | W 1-0 |
21/10/2023 | Chelsea | A | D 2-2 |
23/12/2023 | Liverpool | A | D 1-1 |
04/02/2024 | Liverpool | H | W 3-1 |
31/03/2024 | Man City | A | D 0-0 |
23/04/2024 | Chelsea | H | W 5-0 |
28/04/2024 | Tottenham | A | W 3-2 |
12/05/2024 | Man Utd | A | W 1-0 |
15/09/2024 | Tottenham | A | W 1-0 |
22/09/2024 | Man City | A | D 2-2 |
27/10/2024 | Liverpool | H | D 2-2 |
10/11/2024 | Chelsea | A | D 1-1 |
04/12/2024 | Man Utd | H | W 2-0 |
15/01/2025 | Tottenham | H | W 2-1 |
02/02/2025 | Man City | H | W 5-1 |
09/03/2025 | Man Utd | A | D 1-1 |
16/03/2025 | Chelsea | H | W 1-0 |
11/05/2025 | Liverpool | A | D 2-2 |
17/08/2025 | Man Utd | A | W 1-0 |
それでもポジティヴなこと
この結果はほんとうに残念だが、今後に向けてアーセナルが得たものが多いというのはたしかにそう。とくに新しい選手たち。
まず最初に指摘せねばならないのは、やはりクリスティアン・モスケラ。モッさん21才。この日のアーセナルのベストプレイヤー(※SofaScoreで7.1)。正直、サリバの不在をほとんど感じなかった。
最初はちょっとドキドキして観ていたが、アーセナルのバックからプレイでも、相手のプレスでタイトなエリアでもまったく慌てず、なんなら、むしろ気の利いた縦パスを出す。正確なパスのような技術の高さもあるが、なんというかあれは度胸だろう。あの大舞台をなんとも思っていないかのように平然とプレイしていた。とんでもない21才だった。
— Made by @AFC_Adi06 (@Arsenalist68432) August 31, 2025
彼のこの日のプレイを観ると、Ekitikeがほとんど仕事できなかった多くの理由は彼にあると思える。
サリバがどの程度の離脱になるかはまだわからないが、最悪IB後に間に合わなくとも、モスケラがいればひとまずは心配しないで済むかもしれない。これはもう「発見」といっても差し支えないのでは。
それと、RWのマドゥエケもよかったな。RWとしてはサカとはまたタイプが違うのがいい。
— Made by @AFC_Adi06 (@Arsenalist68432) August 31, 2025
マドゥエケと対峙したリヴァプールのLB Kerkezは、スピードでは彼に完全に負けていて、毎度ギリギリで突破やクロスは防いではいたものの、マドゥエケはあのエリアで試合を通して相手にとりイヤな存在でありつづけた。
それに、GKにセイヴされたショットや、ヨクレスへのアシスト未遂など、あともうちょっとだけ運がよければ結果を出していたかもしれないシーンもあった。
LWのマルティネリが相変わらずの低空飛行をつづけているため、その対比も鮮明で、この試合でマドゥエケ評価はまた上がったように思われる。今後が楽しみ。
あとはこれがアーセナルデビューとなったエゼ。スタートから観たかったと思わないでいられない20分+だった。
もし彼がNo.10あるいはLWとしてスタートしていたら、どんな試合になっていたろうか。彼は今シーズンすでにコミュニティ・シールドでリヴァプールと対戦しており、相手のこともよく知っているし、リヴァプールの皆さんも彼の脅威をわかっている。
彼がもっと長い時間プレイしていれば、違う試合になっていたかもしれない。悔やまれる。
新加入ではないが、カラフィオーリのことも褒めておくべきか。この日のSalahは全般的に冴えなかったが(ショッツ1。アシスト0)、それについては、彼と1 v 1の機会も少なくなかったカラフィオーリの功績もある。地上デュエルは4/5と高率で勝利。
昨シーズンの後半にMLSが台頭してきたとき、あまりにケガがちなカラフィオーリは、アーセナルのLBとしてこのままセカンドチョイスで定着しそうな雰囲気すらあったのに、とんでもなかったな。今シーズンはアルテタから優先的に起用されており、攻守でいいところを見せている。彼はInveterd FBというよりは、もっとAttacking FBとのハイブリッドというか、さらに進化したような役割。
興味深いのはこれから来るHincapie。彼はかなり攻撃マインドのあるFBだそうで、カラフィオーリとのLBのポジション争いはどうなっていくか。ちなみにMLSは、Hincapieが来ることで、本来のCMに戻されるんじゃないかという説も。興味深い。
こうした選手たちの活躍は、今後は周囲との連携も深まっていくだろうし、もっと期待できるはず。アンフィールドでのリヴァプールのような試合は、経験値がたくさんたまる。若いチームには、それこそがプライスレス。
ということで、試合には敗けてしまったけど、今後に向けてはいろいろポジティヴな発見もあったし、不幸のどん底というわけでもない。残念だし、くやしいが、それでも前を向くしかない。まだ35試合、105ポインツ分も残っている。このあと全勝すれば、PL記録で優勝である。
この試合については以上