昨日とあるツイートをリツイートしたところ、ぼくのツイッターにしてはなかなか反響があった。
2010-18で得た移籍金ではアーセナルはトップ20にも入れず。
これまでいかにマズいスカウトをやってきたかということがわかる。
アーセナルよりも金を使ってないクラブが大きな移籍金を得ているということは、出し惜しんだ金なのにそれすらも上手に使えていなかったということ。 https://t.co/GcvAoJoyjl— Mr. Arsenal Chan (‘3’)/” (@NewArsenalShirt) 11 September 2018
まあマズいのは、スカウトとかリクルートだけでなく、給与なんかも含めた選手人事にまつわるマネジメント全般でしょうな。いままさにラムジーを懐柔できなければ、冬にはチームのエースを二束三文で売ることを強いられるという難題に直面しているわけで。
このツイートが比較的注目されたということは、アーセナルの金の使い方に関心(疑心)を持っているひとが多いのかなと。
そこで今回は、ツイートしたデータのネタ元であるCIES Football Observatoryというスイスにあるスポーツ研究機関が公表した「ヨーロッパのトップ5リーグとクラブにおける2010~2018年までの移籍市場での財務分析」という短いレポートをごくざっくりと紹介したい。2018年9月に公表されたものということで、ホヤホヤっぽい。
CIES Football Observatoryは、スポーツ研究機関、CIES (International Centre for Sports Studies)のなかにあるひとつの研究グループで、フットボールの研究に特化した研究機関であるとのこと。FIFAやUEFAなんかのデータ管理も委任されている。チェルシーFCもデータ管理を委任しているというので、彼らのファンはよく知っているのかもしれない(史上最高にどうでもいいトリヴィア)。
ヨーロッパ5大フットボールリーグ、移籍市場のファイナンス分析2010-2018
※全文は引用しない。詳しくはオリジナルを参照のこと。
1、イントロダクション
CIES Football Observatoryは2005年の創設以来、クラブとメディアの発表する情報で移籍市場をモニタリングしてきた。このリポートは、2010年からの5大リーグ(イングリッシュ・プレミアリーグ、スパニッシュ・リーガ、ジャーマン・ブンデスリーガ、イタリアン・セリエA、フレンチ・リーグ1)のトランザクションを分析したものだ。
2、5大リーグの投資の合計
ヨーロッパの5大フットボールクラブの投資の合計。基本的に増え続けているが、2012と2018には前年から微減している。
5大リーグのなかでの投資額ではプレミアリーグが最多で、全体の37.4%を占める(2010-18)。少し割合が減っている2018単年でも、36.5%とイングランドのクラブだけで全体の1/3以上。
ザ・スパニッシュ・リーガの2017から2018の投資額は+80.4%と極端に伸びている。TV放映権料の高騰とリーグの国際的な成功によるものだと考えられ、ラ・リーガは、プレミアリーグに次ぐ、ワールドフットボールの第二勢力になった。
いくつかのチームは明らかに財政力がある。上位7クラブ(シティ、チェルシー、バルサ、PSG、ユナイテッド、ユヴェントス、リヴァプール)の投資額は8年間でそれぞれ1ビリオンユーロを越えている。
ヨーロピアンフットボールのエリートクラブのうち、レアル・マドリッドとバイエルン・ミュニックだけが1Bユーロを下回っている。
2018年だけだと、バルセロナ、リヴァプール、ユヴェントスがトップ3。イングランドのクラブは数多くランクインしている。
ドルトムントとモナコは、ドイツとフランス、それぞれのリーグで唯一のランクイン。
この結果は、トップ5リーグでもリーグ間でいかに大きな財政力のギャップがあるかを示している。
3、移籍金収入
2010~2018の8年間の移籍投資で、もっとも投資の恩恵を受けているのも5大リーグだった。自国リーグ内での投資も含めると全体の66.6%を占めた。2018年単年ではほぼ70%に及んでいる。
この数字は、5大リーグですでに実績があり能力を証明している選手が、これまで以上に価値が高まっているいうことを示している。
ASモナコがトップ。この8年間でほとんど1Bユーロを稼いでいる。
多くの裕福なクラブがランクに入っているが、ベンフィカとポルトだけが5大リーグ外からランクに入っている。
4、ファイナンスの評価
収入と支出をあわせた収支について。
2010-18の5大リーグすべての収支を合計すると、全体で7.29Bユーロの赤字。このうち78.3%がプレミアリーグの収支によるのものだ。2018年だけだとこれが85.7%にも及ぶ。
PSGの収支が874Mユーロという巨額の赤字であるにも関わらず、リーグ1は5大リーグで唯一黒字のリーグとなっている。2018年には+333Mユーロという記録をつくった。
5大リーグのクラブごとの収支ランキングでは、またしてもモナコの例外的なケイスが目立つ(+289Mユーロ)。
このトップ10リストではリーグ1のクラブが5チーム、セリエAから3チーム、2チームがラ・リーガからとなっている。
この期間における調査では、現在のプレミアリーグクラブで収支が黒字のクラブはない。
収支ワーストクラブは、マンチェスター・シティとPSGが際立っている(※訳注:マンUも?)。
5つのプレミアリーグクラブ、ふたつのイタリアクラブ、ふたつのスパニッシュクラブ、それとPSGがリストを占めている。
5、結論
- 5大リーグの経済的拡張と並行して、この10年で移籍市場はかなり発展している
- クラブはトップタレントを魅了するために移籍金とサラリーにより投資するようになった
- プレミアリーグはどのリーグよりも中心的な役割を果たしている(上図)
- 2017から2018においては少しの落ち込みが見られるが、プロフットボールのトップクラブにおける経済的な発展は、近い将来にはさらに大きな投資が起きる可能性を示唆している
- この30年、このプロセスでタレントがよりリッチクラブへ集中することとなり、トップチームをより強くすることになりえる
- 同時に、マーケットの集中は、コンペティションのアンバランスに拍車をかけている
リポートは以上。
このまま行くと、プレミアリーグのクラブがどんどん強くなるはずということだけど、まあいまのところそうなっていないのはじつは健全なのかもしれない。プレミアリーグのクラブがこぞってヨーロッパを席巻するようになったら、たしかにそれはそれでつまらない。
アーセナルの移籍市場での8年間
このリポートを受けてアーセナルに言及する前に、現在のアーセナルのクラスを知るため、別の角度でのランクも改めて確認しておこう。
まず、自国リーグであるプレミアリーグ17/18シーズンの順位は6位。
- Man City
- Man Utd
- ToT
- Liverpool
- Chelsea
- Arsenal
つづいて、ヨーロッパでの実績を基にしたUEFAクラブランキング2018の順位は9位。※前年より上がっているのは昨シーズンのUELのラスト4まで進んだ影響と思われる。
- Real Madrid
- Atlético Madrid
- Bayern München
- FC Barcelona
- Juventus
- Sevilla
- Paris Saint-Germain
- Manchester City
- Arsenal
- Borussia Dortmund
そして、米経済誌Forbesの「もっとも価値あるクラブランキング」2017での順位は6位。
- Manchester United
- Barcelona
- Real Madrid
- Bayern Munich
- Manchester City
- Arsenal
- Chelsea
- Liverpool
- Juventus
- Tottenham Hotspur
以上を踏まえ。
アーセナルの移籍支出(補強に使った金)
図4(Fig.4)を再掲。投資額(支出)では、アーセナルはトップ20にランクインしている。14位。
この投資額は多いか少ないか。
世界で6番目に価値があるクラブが支出で14位とは何事かという意見もあれば、アーセナルより下にバイエルンやドルトムントといったクラブの名前があることを考えると、思ったより金使ってたんだと思うひとがいてもおかしくはない。それにおそらくはもっと近年にデータを絞ればアーセナルはより上位に食い込むだろう。
※バイエルンは「FCハリウッド」などといわれた時代もあったが、UCLのタイトルを狙うような現在のメガクラブのなかではより支出の少ない異色の存在で、比較対象にすべきではないのかもしれない。
アーセナルの移籍収支(収入-支出)
収入部門(選手の売却)ではアーセナルはトップ20にランクインしていない。
アーセナルは03/04シーズンにリーグタイトルを取って以降、ステディアム建設などもあり、長らく財政的な低迷期(それでもトップ4に入り続けたわけだが)に入った。そしてトッププレイヤーをキープできないセリング・クラブなどといわれながらも、2010年以降、移籍金ではさほど大きな収入を得ることはできていなかったということになる。
選手放出での収入が多くないということは、要するに、他クラブを相手に選手を高く売れないビジネス下手であり、また優秀な所属選手たちを長期契約でキープできない(残り契約年数が差し迫り安値で売却)マネジメント下手でもあったということかもしれない。
そして収入から支出を引いた移籍市場の「収支」ではワースト10にランクインしている。図10(Fig.10)を再掲。9位。
ビジネスとしては赤字は嘆かわしい結果ながら、リストの顔ぶれを見れば(バイエルン以外の)ヨーロッパのトップトップクラブがすべてここに含まれていることがわかるだろう。
基本的には支出の実績よりも、こちらのリストの収支のマイナス具合のほうがわれわれが要求したところの「スペンド・サム・ファッキン・マニー」の結果に近いのではないだろうか。キャッシュはあるのになぜ使わないのか?というのがその根拠だったのだから。
選手を売った金額よりももっと多くの金を補強に使っているということで、ここにはどれだけクラブがリクルーティングにおいて財政バランス的にリスクを負ったかということが現れている。
一般にアーセナルは支出を出し惜しむ健全経営(ゆえにファンがストレスを貯める)のクラブであると考えられているように思うが、この結果を見るにビッグクラブとしてじつはそれなりにリスクを負っていたことがわかる。とくにメスト・エジルを取って以降は、それ以前に比べそれなりに大きな補強予算を使っていた。
このランキングのなかでも、シティからチェルシーくらいまでのトップ金満クラブは別格だとはいえ、アーセナルもいうほどリスクをかけて投資をしていないわけではない。だいたい、この8年でアーセナルよりいろんな意味でだいぶ格上だといえるマドリーよりも散財しているというのはちょっとした驚きではないか。
あるいは、イングランド国内での順位(5番目)が問題なのか。たしかに国内のライヴァルとリーグを競う競争だと考えれば、プレミアリーグのクラブとしては相対的に投資が足らないともいえる。収支は9位でも投資は5位チェルシーの半分以下だし。
今後アーセナルはこれ以上に金を使うべきだろうか?
まとめ:アーセナルはどこへ行く
仮に世の中にふたつの種類のトップクラス・フットボールクラブがあるとしよう。
ひとつは、最高級のタレント選手を最高値でも買い、チームとして最高の結果を追い求める「メガクラブタイプ」。彼らはつねにタイトルを争っていなければならず、それができなければ失敗とみなされるため、移籍市場においても財政的なリスクを辞さない。
もうひとつは、選手はいつも青田買い、チームとしてはそこそこの結果で満足できる「セカンドグループタイプ」。彼らはタイトルより安定を優先するダークホースで、いつもタイトルの本命とはみなされないが、メガクラブに追随し、幸運があればときにメガクラブを脅かすシーズンもある。
前者は、シティやユナイテッド、PSG、バルセロナ、ユヴェントスといったクラブが当てはまり、後者は、アトレチコやナポリ、モナコ、ドルトムントといったクラブが当てはまる。(もちろん、ハイブリッドしているのがふつうだが話しを単純化したまで)
メガクラブタイプもセカンドグループタイプも、ゴールに向けてどちらもそれぞれの難しさがある。
メガクラブタイプは「最高級」を見極める目が必要になり、移籍金やサラリーで巨大なリスクをかける分だけ失敗が許されないシビアな判断が要求される。マンUがファーガソンの後継にモイーズを選んでしまったのは悪夢のような失敗例だが、いま思えばあそこでモイーズという中堅クラブのマネージャーにクラブの命運を「賭けた」のが間違いだった。メガクラブがそういうリスクを冒してはならないといういい教訓だ。
セカンドグループタイプで重要なのは、とにもかくにもリクルーティングである。いち早く将来有望な選手を見つける目利きが生命線となるので、それができなければそもそも話しにならない。以前にも書いたように、アーセナルの凋落と情報がフラット化してリクルーティングの優位性が薄れたことはリンクしているはず。
セカンドグループタイプでは、モナコやドルトムント、アトレチコのリクルートは驚くほど優れている。たとえばアトレチコの直近の歴代ゴールキーパー、デ・ヘア、クロトワ、オブラクと名前を並べるだけでも彼らの慧眼がわかる。もちろんドルトムントやモナコはいうまでもない。
アーセナルは、クラブのプロファイルとしては前者を目指してもけしておかしくはないはずであるにも関わらず、オーナーの意向でクラブ運営のコンセプトはより後者に近い。というより、BVBからミズリンタットをぶっこ抜き、ヘッドコーチにエンリケやアレグリではなくウナイ・エメリを連れてきたことからも、アーセナルがセカンドグループタイプのような、財政的リスクを嫌ったより「堅実な経営」を目指していることは間違いない。
モナコになりたかったアーセナル
ところが理想とは裏腹に、この8年をデータで俯瞰すると、アーセナルはセカンドグループクラブとして、前述のセカンドグループタイプのクラブと比べて非常に中途半端な存在だったことは否めない。気まぐれにメガクラブ並みの補強をしながら、セカンドグループにすら落ちこぼれそうになっていた。
その大きな理由はいわずもがな、移籍市場での立ち回りのまずさと、冒頭にも書いたように選手人事マネジメントのまずさにあるに違いないことは、このCIESのリポートにも現れていると思う(支出が大きく収入が少ない)。
拙ブログでアーセナルの過去5シーズンの移籍市場を振り返ったエントリ。
アーセナル失敗の元凶は移籍市場にあるのか。近年の獲得選手を振り返る
16/17シーズンのモナコはまさしく神がかっていたが、あれがまさにアーセナルの理想とするところだろう。
恐ろしく攻撃的で、若く美しく、そして強かった。ぼくはあれを見てこの世界でもめったに起きない奇跡だと感じたが、アーセナルのボードが目指したくなる気持ちは理解できないでもない。もしアーセナルが16/17モナコのような選手を揃えたら、クラブのクラスからしてもその後のモナコのように売却を余儀なくされることもなく、それをきっかけに世界中のファンを含めて全関係者が待ち望んだ黄金時代へ突入するかもしれない。あの時代のように。。
そのためにはまず選手リクルートの抜本的に改善しなければならない。だから、アーセナルはヴェンゲル後を見越して、ミズリンタットとサンレヒというそれぞれのエキスパートを迎え入れた。
ラムジーの件もあるので、選手契約のネゴシエイションも行っているというサンレヒのほうはまだ目立って効果が現れているかはわからない。
が、ミズリンタットに関しては、グウェンドゥージという今後の活躍によっては今季プレミアリーグ最大の掘り出し物になる可能性のある逸材をすでにつれてきている。また、代理人が180cm以上の身長があれば100Mユーロの値がついていてもおかしくないと語ったトレイラもすでにわれわれの選手だ。
今シーズンを新体制で迎えたアーセナル。これからもきっと、つねにコストバランスを厳しく見ながらトップを目指すというトリッキーなチャレンジに挑んでいくことだろう。
金をなるべく使わないというそのチャレンジ自体、果たして正しいのかどうか。いまのところ誰にもわからない。
風向きが変わったと誰もが気づくには、まだだいぶ時間がかかりそうだ。