一昨日、おなじみのデイヴィッド・オーンステインが伝えた、PLのVARに関するニュースが大きな注目を集めていた。
🚨 EXCLUSIVE: Premier League clubs to vote on proposal to scrap VAR from next season. Resolution formally submitted by Wolves to abolish system + will be on agenda at June 6 AGM. Any rule change needs 2/3s majority (14 of 20 members) to pass @TheAthleticFC https://t.co/QXK5ZgP0Ht
— David Ornstein (@David_Ornstein) May 15, 2024
来月6月のPL年次総会で、来シーズンのVAR廃止についてクラブの投票が実施されるという。投票者の2/3がそれに同意すれば、可決。
なんと。今シーズンもVARにあまり改善が見られず、ずっと問題になっているのはたしかだが、まさか廃止しようという動きまであったとは思わなんだ。
しかし、ぼくはこの件は断固反対なのだよね。むしろ、廃止みたいな極論に賛同するひとがいるのが信じられないくらい。このニュースまつわるファン反応でも「問題はシステムではなく人間」という声が多く、実際それが大多数の意見だと思う。
議論するべきなのは、VAR制度の廃止ではなく運用の改善のほうだろう。どうやってよくしていくか。まだ改善の余地はかなりあるように思える。
もし今後、VARのない世界を考えると、いま以上の混乱になるのは目に見えている。
これについて少し書こう。
VARへの問題提起 by ウォルヴズ
そもそも今回のVAR廃止投票は、ウォルヴァーハンプトン・ワンダラーズの呼びかけによって行われるものだという。
彼らの問題提起はこのようなものだ。via Sky Sports
ウォルヴズが問題提起するVARのネガティヴ影響
- フットボールを特別なものにしているゴールセレブレイションや情熱への悪影響
- VARチェックの長さと粗末なコミュニケイションによるスタジアム内部のイライラと混乱
- VARに対するブーイングやチャントなどさらなる敵対的雰囲気の高まり
- VARの本来の目的であるclear and obviousな問題への対処より、主観的判断に傾倒するようになり試合の流動性・整合性をおろそかにしている
- オンフィールドのレフリーのアカウンタビリティを毀損
- VARがあってもヒューマンエラーがあとを絶たない。サポーターはそれを許さない
- VARチェックの長さとそれによる追加タイムで、PLの速いペイスを毀損
- 試合そのものよりもVAR判定のほうが語られがち。リーグの評判を落としている
- 信頼と評判を侵食するVARはまったく無意味な堕落した主張を助長している
ちなみに、ウォルヴズは今シーズン、VARによって自分たちの不利になる判定がなされた回数がPLでダントツに多いそうで(アーセナルはワースト2位)、彼らが率先してVARを廃止しようと動く気持ちもわからないでもない。直接的に不利益を被っていると感じている当事者。
ここに列挙されている問題は、すべてそのとおりだと思うし、それ自体は多くの賛同を集めるだろう。そもそもいまのVARにまったく問題がないと思っているひともほとんどいないはず。フットボールを愛するみんなが、大なり小なりVARになんらかのフラストレイションを感じているし、このままではマズイとは思っている。改善が必要。
でも、そのこのままではマズイと多くのひとに思われている問題の大部分は、ひとの働きによるものであり、VARの目的や技術的なシステムとはあんまり関係ないものだろう。
たとえば6なんかは、ヒューマンエラーそのものを指摘しているが、それこそ本来VARとは関係ないはず。人間があるシステムを適切に運用できるかどうかの問題であり、それが今後も改善できないと考えるほど人間に絶望しちゃってるってことなんだろうか。
まあ、たしかにPLのVARはあまりにもいつまでたっても改善されないので、絶望的にもなるし、人災ではなく構造的な問題だと云いたくなるのも理解できなくはないが、それでもなんとか運用面の改善策を見つけようとするほうが人間の営みとしてはポジティヴだ。
VARなしの世界がなぜ地獄なのか?
チャールズ・ワッツは、ぼくの観測範囲ではめずらしくVAR廃止の支持派だった。
It will never happen, but I would scrap VAR in an instant. I can’t stand it. The fact that you can’t celebrate a goal properly without that doubt in your mind is the real killer. It’s the most joyous thing in football and it’s been taken away. The in-stadium experience is awful.
— Charles Watts (@charles_watts) May 15, 2024
ワッツ:(VAR廃止)それは絶対起きないだろうが、わたしならVARは即座に廃止する。我慢できない。
疑念なしにゴールを祝えないという事実が致命的だ。フットボールでもっとも楽しいこと、それが奪われてしまっている。ステディアム体験はひどいものだ。
なるほど。ウォルヴズのリストにも筆頭にあるゴールセレブレイションにまつわる部分は、たしかにVARと相反する部分かもしれない。判断を完全に機械(VAR)に依存しないかぎりは、即断はできず、人間が確認するための時間もかかる。それまでの時間は、選手たちはぬか喜びの可能性を疑いなら待つしかない。
しかし、だからといってVARを廃止すれば、そのほかの多くの部分でいらぬ混乱を呼ぶことになるの必至だろう。
彼の云うことももっともだし、だが現時点でそれを両立できないとすれば、受ける恩恵の大きさで選ぶよりない。結局、VARも必要悪と考えるよりないのではないか。
それと、チャールズはスタジアム体験について指摘するが、ぼくはその何百倍もいるであろうTV観戦者について考える。
これは持論なので何度かこのブログにも書いたかもしれないが、今日日お茶の間のTVで観ているファンのほうが、ピッチ上で起きたことを詳細に確認できてしまうことがしばしばあるということ。なんなら、選手やコーチといった当事者、スタンドで固唾をのんで見守っているファンよりも。TVでは何度もいろんな角度からのリプレイ映像が繰り返され、そこで起きた事実をじっくりと観察することができる。
このような状況で、もしVARによるレヴューの制度がなければ、その試合を観ている圧倒的多数派であるところのTV視聴者が事実を目撃していても、人間の目による一瞬の判断で、それに反する判定がまかり通ってしまう可能性があるということ。
これは地獄だろう。微妙な判定でもVARレビューを通さないというのは、そういうことだ。そんなことが起きるたびに、わたしたちは毎回TVの前で絶叫しなければならない。深夜に近所迷惑も甚だしい。
これは、TVの映像クオリティが進歩していることとも関係がある。みんなもう忘れているだろうが、ほんの20年前くらいまでは、TVはまだSDだった(※日本で地上波デジタル放送が始まったのが2003年)。SDといえば、640*480という解像度の世界である。いまほど細かい部分は観えていなかった。もしレフリーが微妙な誤審をやっても、TV視聴者は気づけなかった。真実を知らずに済んだ。
いまはもちろん1920*1080のHDサイズがスタンダード。ビッグゲイムではさらに高精細な4K放送も普通になっているし、今後もTVの映像クオリティは上がっていくだろう。fpsしかり。
収録側の進歩もある。最近も試合中のSpidercam(※ピッチの上に張り巡らせたワイヤーを通したカメラ)による映像がちょっとした話題になったりしたし、来シーズンから?ピッチサイドのカメラが増えるという話もあった。レフリーも主観カメラをつけたり、今後、いままでなかったようなアングルからの映像が提供されるかもしれない。ドローンとか。
アーセナルファンとしては、ニューカッスル戦のような事案を思い返すと、ボックスの真上にも俯瞰カメラがほしいところ。今後、その設置が実現してもおかしくない。ピッチ上の死角はどんどんなくなる方向だ。
したがって、今後もわたしたちのTVでの視聴体験がリッチになっていくのは明白で、それだけピッチ上の事実が視聴者にはっきりあきらかになっていくのも明白。基本的にレフリーが事案が起きている現場に一番近いところにいるとはいえ、彼の目や判断だけが唯一絶対では、もはや現実の要求に追いつけなくなっている。それが今日的状況というものだろう。
あからさまなダイヴを55インチのTVでばっちり観ながら、ペナルティの判定を受け入れなきゃならなくなるやるせなさを想像してみてほしい。
もうフットボールが、VARがなかった世界に戻れるとは思えない。だから、なんとか知恵を絞って改善し前進するしか道はないのだ。
VAR改善の余地は大きい
いまのVARはあまりにもひどいので、改善の余地はいくらでもあると感じる。
そして、その改善をもっとも助けるのは、やっぱり技術的な進歩だろうと思う。VARの理想の世界を思い浮かべるとき、それは技術的進歩の先にある。
ウォルヴズの問題提起にもあるチェックの時間がかかりすぎの件については、とくに今後の技術的な進歩でだいぶ解決される余地があるのではないだろうか。
たとえば、オフサイドの自動化(半自動)はPLでも導入されることが決まっているが、VARチェックの多くはゴールが決まったときのオフサイドの判断だ。少なくともオフサイドが機械的に判断されるなら、今後VARのオフサイドチェックも劇的に時間短縮される可能性があるんじゃないか。オフサイドのチェックが早く済むようになるだけでも、フラストレイションはかなり軽減される。
選手同士の接触プレイでのファウルか否かの判断は、当然オフサイドほど簡単ではないが、それだっていずれは(過去の判定サンプルを学習した)AI的なもののサポートを借りるなどして、進歩はしていくのだろう。いつまでも、これまどどおりとは思えない。
そうして、少しづつVARが技術的に改善されていくことで、ファンのストレスも減り、それが当然のものとして受け入れられていく。それがVARにおける今後の理想的なプロセスに違いなく。
Sky Sportsによれば、VARの廃止投票について、大多数のクラブは維持を望んでいるという。それが現実的で、当然だろうと思う。VARに問題が多いのは間違いないが、現時点ですら失うものより受け取るもののほうが多いと考えられている。
いまのVARは、当たり前に改善できると思われていることを、当たり前に改善してもらうだけでも、満足度はかなり上がるはず。
逆に、「オフサイドラインを引きわすれた」とか、「試合が進んじゃったから誤審でも止められない」とか、そんなことも改善できないのだとしたら、それはもう担当組織ごと変えたほうがいい。
VARは、PGMOLみたいなしがらみある団体じゃなく、いっそフットボールともスポーツとも関係なく独立した組織にまかせたら、もっとマシになるかも?
おわり
VARが廃止されれば、
アーセナルを含む一部のチームに対して、今までの何倍もの悪意を持った判定が増えると思います。
それを思うと、アーセナルがワースト2の被害であろうと、廃止は有り得ない。
運用する人間を何とかせねば・・・