ズビメンディがアーセナルにもたらすもの:3つのストロングポインツ
さて本題。
ぼくも彼について書かれた記事をたくさん読んで、概ね理解したつもりでいるものの、彼の選手としてのキャラクタリスティクスは単純ではなく、「とにかくゴールに貪欲なストライカー ©Gyo」みたいにひとことで説明することが難しいタイプの選手だと思う。
それでもここから彼の特長をわかりやすく説明するために、以下のように雑に分けてみよう。
- 守備(非ポゼッション)
- コントロール(ポゼッション)
- 耐久性(availability)
彼のメインポジションである6と彼の外見の雰囲気からは、近年のアーセナルで云うところのジャカやジョルジーニョのような、後方からゲイムメイキングしそうな、いわゆるレジスタやディープライイングプレイメイカーを想起させる。頭のよさそうな(これはただの先入観)。
いっぽうで、守備的な選手として181cmという身長は並かそれ以下で、とくに筋肉質であるとか、あまりフィジカリティがあるタイプにも見えないし、CDMでプレイする選手にありがちなアグレッシヴでダーティな選手という評判も聞こえない。
しかしその実態は、彼はこのどちらのカテゴリにも属さないものの、それでいてこの両者の属性をあわせ持つハイブリッドなタイプのCMだという。
すなわち、クレヴァーなポジショニングと守備スキルで相手の攻撃を妨害でき、またボールを持つ局面では、安全第一の横パスだけでなくリスクをかけた縦パスにも積極的になれるCM。
そして、なによりも貴重な彼の価値は、そういったCM/DMにとってのピッチ中央でのオールラウンドな仕事を高水準で実行できること。それこそ、彼自身の憧れの存在でもあるBusquetsやXabi Alonso、Rodriといったスペインが輩出したワールズベストCMにもなれると太鼓判を押されるほどの。
ところで、このあといくつか彼のスタッツも紹介するが、それ自体はヴェリーベストというわけではない。それは、おもしろいことだと思う。
1. オフ・ザ・ボールの嗅覚・実行。バックラインの前で強力なフィルタリング
さまざまなところで指摘されている彼の大きな長所は、オフ・ザ・ボール状況における、危険察知とポジショニングである。
つねにDFラインの前でピッチ中央を動き回り状況を監視、危険に陥りそうな場所を早期に予測して、それが実際に起きる前にただちにそこに向かって、それが起きないようにする。

たとえば、カウンターアタックの阻止。先にその起点になりそうな場所にいて、効果的にそれをつぶす。どうも彼には、プレイの先が「読める」特別な能力があるようだ。具体的な事例。
というか、この世界で優秀と云われるCMには多かれ少なかれ、そういった試合の流れを読む能力が備わっているものなのだろう。だから、人間の走力や体力が限られていても、驚くようなことが実行できる。そこが、平凡なCMと優秀なCMの違いをつくる。
それと、彼のディフェンダーとしてのスキルがある。
22/23からここまでのラ・リーガ直近3シーズンで、ズビメンディよりミドルサードでポゼッションを奪い返した選手はいない。※昨シーズン単年では2位
Martin Zubimendi has won possession in the midfield third more times (322) than any other player since the start of the 2022/23 La Liga season. 🔋 pic.twitter.com/U1f9kxiLIp
— WhoScored (@WhoScored) May 10, 2025
彼はけして体格には恵まれているとは云えないし、YTのハイライト動画ばえしそうな一撃必殺のスライディングタックルみたいな激しいプレイを好むわけでもない。だから、彼が守備で優秀な数字を残しているのは、どちらかといえば、相手の進行方向を読みうまく身体をいれてボールを奪うような純粋な技術のおかげであり、状況に応じてつねに正しい判断ができることの結果と云える。
彼の大きなストロングポインツのひとつに空中戦がある(24-25ラ・リーガで4位)。あの身長にしては、空中戦が非常に強い。
アルテタが近年の補強で身長を重視しているのは、ロングボールやセットピースのアドヴァンテッジを考えてのことだと思われるが、その点で彼はかなりマネジャーのお眼鏡にかなう特技を持っている。
これは彼の周囲の名前を見るに、どう評価していいのかよくわからない。
2. つねに冷静なピッチ上のメトロノーム。しかしボールを持てばリスクも厭わない
CMといえば、なによりパスである。アーセナルのようなスタイルのチームでは、ポゼッションの維持あるいは攻撃開始の起点となる6ポジションのもっとも重要なスキルとも云える。そして、パスをするためにはパスを受けねばならない。6は、ビルドアップ局面ではもっともマークされるエリアだ。
以下Coaches’ Voiceより。
マーティン・ズビメンディはボールを持てば、深くからのビルドアップでテンポとリズムをコントロールでき、プレッシャーのなかでも楽にボールを受けることができる。
彼のパス成功が安定しているカギは、彼の動きに小さな調整を加えること。つねにアングルをつくり、仲間を助けるように動き、ポゼッション維持のために多少走ることもある。
可能なときは、最初に彼が相手のプレスやブロックのラインを破ろうとする。
彼は小さな動きで相手から遠ざかり、ボールを受けるための時間を稼ぐ。ベストなピヴォットたちがやるように、彼はしばしばピッチ上のほかの誰よりも時間を得る。
これが、このポジションでプレイするためのカギになるのだ。それで、彼はバックラインとともにポゼッションを維持できるし、あるいはライン間に選手を侵入させることもできる。
パスやタッチなど、ズビメンディのポゼッション方面のスタッツは当然優秀である。レアルやバルサ、アトレチコのようなチームが牛耳るラ・リーガにおけるソシエダの立ち位置を考慮しても、彼の数字は優秀。
それと、ビルドアップのフェイズでGK・CBと、より前の選手をつなげる役割を担う6にとり重要なのはプレス耐性。相手のマーカーがすぐ近くにいる状況で、狭いエリアのなかで落ち着いてボールを受け、それをつぎに展開できる技術が必要になる。
アーセナルではパーティやジョルジーニョは高いプレス耐性を持っていたが、それらにくらべるとライスはややぎこちなさはあるっちゃある。8に定着しつつあるいまとなっては、そこは彼の最大の長所ではないと思える。
ちなみに、一昨年のCLにおけるズビメンディのプレッシャー下でのパス成功率は87%というデータがある。相手のプレッシャーをものともしない。
そして、彼のCMとしての特長としては、単なるパッサーではなく、より野心的なパッサーであること。
彼の縦パス(progressive passes)の数は、昨シーズンのラ・リーガで4位。
アーセナルのCMたちとの比較でも、すべてのパスにおける縦パス率はわりとダントツで最多(31.39%)となっている。パス自体の成功率はジョルジ、パーティ、ライスとくらべてもっとも低いが(84.42%)、彼がそれだけボールを奪われるリスクを負って攻撃に野心的なパスを出しているということ。
この彼の縦パス%は、アーセナルではオーデガード(32%)に匹敵するということで、彼はCDMであっても、もはやCAMと変わらぬ攻撃マインドだとも云える。
それと、ラインブレイキングパスも、彼の目立つスタットのひとつ。昨シーズンのラ・リーガで4位。上位3人はRMなので、実質1位といってもいい(いい)。
アーセナルは遅攻から相手の極端なロウブロックを前にして、とかく外側を左右にボールを回すだけ(ボックス周辺をU字に)でいっこうに有効な攻撃が成立しないような膠着状況に陥りがちなチーム。それを打開する、あるいはロウブロックをつくる前にそれを壊すのがラインブレイキングパスであり、彼がそれを得意にしているとしたらかなりありがたいだろう。パーティがパス3本に1本の割合で、攻撃的な縦パスを出すみたいなものだと想像すれば。
ズビメンディの冷静さという点でももろもろの指摘がある。
ピッチ上での彼は、激しく怒ったり、がっかりしたり、感情をあらわにしないタイプだという。それは、インタビューを観ても感じられたような、彼の落ち着いた性格から来るものなのだろう。つねに冷静。それゆえピッチ上でも状況に惑わされない正確な意思決定がある。先に紹介したように、その点については彼のキャリアに関わった関係者も口を揃えている。
そういう性格であるため、ディシプリン方面のスタッツも悪くない。
彼がこれまでのシニアキャリアでイエローカードでサスペンションになったのは、過去4回あるようだ。しかし、レッドカードがゼロということは、サスペンションはカードの累積でのものであって、試合のなかで2枚めが出たことがない。
昨シーズンに限った数字だと、P90で0.25のカード率、つまり4試合に1枚という比較的高頻度でもらっていながら、試合中に2枚めカードは一度も出ていない。やむを得ずタクティカルファウルでカードをもらっても、その後には致命傷になることをうまく避けているということなんだろう。無駄にリスキーなファウルをしない知性。汚れ仕事をするあのポジションの選手には必要なスキルだ。イングランドでは、レフの偏った判定に面食らうかもしれないので、それにも早く慣れる必要がある。
そして、シニアキャリアでストレイトレッドはゼロ。※記録によれば彼の全キャリアで唯一のそれはソシエダBのとき
そういったところは、デクラン・ライスを想起させる。彼もまたあのポジションで、あのクソみたいな判定でストレイトレッドが出るまで、それが皆無だったことを思い出す。彼がアーセナルに来てシニアキャリア初のレッドカードが出るなんてことは絶対にやめてほしいからやめてほしい。マジで。
それと同時に重要なことは、そういう性格だから彼はプレッシャーがかかるビッグマッチにも強いということ。
彼はスペインNTのひとりとして、2024にはUEFAネイションズリーグ、Euroで勝っているが、とくにEuro2024では優勝をかけたファイナルという超大舞台で、後半からRodriのサブとして見せたプレイは、バロンドールウィナーと比較されるプレッシャーどころか、普段どおりの実力を発揮、勝利に貢献するパフォーマンスだったという。
またクラブでは、Copa del Reyのファイナル、CL出場権争いのビッグマッチ、あるいはバスクダービーでも強心臓なところを見せてきたそうだ。
どんなプレッシャーがかかる状況、アウェイの敵対的雰囲気に満ちたタフな試合でも、空気に左右されずにつねに冷静におのれの実力を発揮できるメンタリティ。
25/26シーズン、これから数々の大舞台が待っているであろうアーセナルにとっては、そういう選手がつねにピッチの中央にいることがどれほど心強いか。
3. めったにケガをしない耐久性。極めて安定したフィットネス。
ここは、アーセナルの選手としては間違いなく特筆すべき部分。
彼のこれまでのケガ履歴は際立つものがある。もちろん、いい方面で。
彼が20/21シーズンにソシエダのシニアチームに昇格していからの4年間で、ケガで欠場した試合数はなんと合計10に過ぎない。最長は23/24の5試合。22/23および24/25に至っては、ケガによる試合欠場がゼロである。
昨シーズンのソシエダのチームにおける、アウトフィールド選手のプレイ時間では彼がトップの長さだったということ。それだけ重要でチームに欠かせない存在だったし、マネジャーの期待に応えてフィットネスを維持、プレイをつづけた。
もちろん、PLにおけるわれらのこの3年連続で惜しくも1位を逃しつづけた大きな理由は、キープレイヤーのケガによる離脱だった。
何度でも云おう。
“Availability is the best ability.”
どんな優秀な選手でもプレイできなきゃ意味がない。チームにとって、安定したフィットネスはそれほど重要。
この部分は、ケガがちだったトーマス・パーティからは大幅なアップグレイドが期待できそうだ。
ズビメンディの弱点はフィジカリティ?
彼の弱みについて、ぼくも多くの記事に目を通してみても、CMとして特筆すべき弱点はあまりないようだ。そこが彼の大きなストロングポイントでもある。全方面に安定して優秀で、あまり欠点がない。
それでも強いて弱点を挙げるなら、MFとしてのスピードやフィジカリティ。それはエリートとは云えないという。
たしかに彼の身長181cmは、PLの守備的な選手としては大して大きな身体ではない。もちろん、近年ガチムチ化が著しいアーセナルのチームのなかでも。それらが、とくにスペインよりもフィジカルバトルやトランジション機会の多いだろうイングランドでプレイするMFとしては、不安要素になりうるかもしれない。
アーセナルは、基本的にはボールを持って支配的にプレイしたいチームであり、ボールを持って全体を相手ハーフに押し込んでプレイしているようなときは当然DFラインも高い。ということは、ボールを失ったときにはカウンターアタックを受けやすい戦いかたでもあるため、守備の重要な一端を担うCDMとして相手FWのペイスについていけないとなれば、それはあまり喜べることではない。
ただ、世界のベストCMを見るに、スピードは必ずしももっとも重視される能力ではなかったりするのも事実。
典型的な例はジョルジーニョだろう。彼の足の遅さはほとんど致命的にすら思えたし、アーセナルでも試合中には何度かその脆弱性を示したものだが、それでも彼はキャリアでたくさんのトロフィを取ったし、バロンドール候補にすらなった。もちろんズビは、そのレベルの遅さではない。それに、それこそバロンドールを取ったシティのRodriも、ズビより多少速い程度だという(※昨シーズンのCLでは、彼のトップスピード記録はBruno G、Joshua Kimmichと同じだったらしい)。
的確なポジショニングやボール奪取が彼の強みながら、長いシーズンのなかでは、彼が足の速い相手FWにぶっちぎられてチームがピンチに陥る試合もあるかもしれない。だが、彼は最後尾の選手ではないので、それがすなわちつねに必ず致命傷になるというわけでもない。
彼のこれまでの試合での俊足FWたちとのデュエルの映像を見ても、スピードはそこまで心配することはないのかもしれない。
それよりも懸念があるとすれば、フィジカリティか。長らくスペインリーグでプレイしてきた彼にとって、毎週のPLのアグレッシヴでフィジカルな肉弾戦はきっと新鮮なものだろう。彼がどの程度それに付き合えるか、こればかりはシーズンが始まってみないことにはわからない。それが、彼の大きな強みのひとつであるデュエルにどれほど影響があるか。
海外リーグのデュエルモンスターが、イングランドでも同じでありつづけられるとは限らない。日本人的にはLIVのEndoの例がある。モンスターとしてドイツリーグからPLへやってきた彼の23-24 LIVでのデュエル成功率は44%に過ぎず(※同時期のズビは54.6%)。それが、もっともフィジカリティの要求されるリーグの難しさを示してもいる。先日の話題ではないが、海外から来る選手にとり、PLはゴールするのも難しいし、デュエルで勝つのも難しいリーグ。
似たようなことがズビメンディにだって起きないとは云えない。
彼がどれほど早くEPLのスピードやアグレッションに適応できるかも、チームの成功のカギになりそうだ。
ズビメンディとアーセナルMFとの比較
Billy’s BBQより。オリジナルの図表から、比較対象がAFCの選手だけになるようにアレンジさせてもらった。
数値も見えづらいし、こまかい数字の比較はやややりにくいので、これに関するビリー氏の寸評も紹介しておこう。
- フェアに云って、このグループのなかではズビはもっとも効率的な守備記録があると思う。それがたとえ、この年の彼がソシエダのチーム事情で守備貢献を強いられたからだとしても。彼が非ポゼッション時に行ったすべてで、高い%がある
- 彼のピッチの高いエリアでのスタッツ(deep completions、shots、passes to the penalty area)は控えめ。全体的に彼がそこでボールにふれる機会は少ない
- しかし、そこでのタッチがとくに少ないようでもなさげ。ライスよりは多く、パーティ/ジョルジよりは少ない
- 彼がパーティとくらべて彼よりタッチが少ないのに縦パスが多いのは興味深い
- 彼のショートパス%はアーセナルMFたちより低い。すべてがややダイレクト
- 彼の「P90のオウンハーフロス3.38」は検証の必要がある。パスをミスするとロスになるが、頭上にロングボールを放り込んでもここにカウントされる
まあ、このパートは自分で取り上げておいてなんだが、チームもリーグも違うので、数字の違いをあまりシリアスに受け止める必要はないように思える。ロングボールなど、プレイのスタイルでもだいぶ変わってくる。
24/25のソシエダは全体的にやや苦しいシーズンを過ごしていたようだし、いっぽうでアーセナルは安定した2位力?を発揮して、不本意だったとはいえ、リーグでは強者の一角ではあった。対戦相手の試合に対するアプローチも違う。
多くのこうしたスタッツ比較にいえるが、同じ土俵ではないということを認識しておくべき。
ズビメンディを知る記事リンク集
最後にこの記事を書くにあたり、あたしが参考にした記事を以下にまとめておきます。残念ながら、このような雑なまとめブログを読むより、これらを直接読んだほうが理解が深まるでしょう。
AFC公式が昨日アップした記事。「ズビメンディ分析:彼がアーセナルにもたらすもの」。こうした記事でありながらTPにいっさい触れないのはやはり例の件があるからか。
Zubimendi analysed: What he’ll bring to Arsenal
EPL公式の記事。「リスクテイカー、ゲイムブレイカー:ズビメンディがアーセナルの攻撃をブーストする」
Risk-taker, game-breaker: Zubimendi will boost Arsenal attack
The Athletic。「マーティン・ズビメンディはアーセナルのミドフィールドにどうフィットする?」 ※閲覧は要課金
How would Martin Zubimendi fit in Arsenal’s midfield?
Sky Sports。「マーティン・ズビメンディがアーセナルへ:スペイン代表MFのクオリティとキャラクターが彼を世界のベストNo 6にする」
Arseblog。Arseblogの戦術解説担当Phil Costaによる記事。「新契約選手のプロファイル:マーティン・ズビメンディ」
New signing profile: Martin Zubimendi
Opta Analyst。「マーティン・ズビメンディはライスとオーデガードをフリーにする」
Opta Analystは、去年夏のリヴァプールとのリンク時の分析記事もある。
Coaches’ Voice。「マーティン・ズビメンディ:ポジションとプレイのスタイル」
Martín Zubimendi: position and style of play – Coaches’ Voice
Billy’s BBQ。旧Edu’s BBQ。「スカウティング マーティン・ズビメンディ」。8000 wordsにおよぶという超特大ボリュームのブログ記事。このなかでは間違いなくもっとも時間も労力もかかっているだろう記事で読み応えがありまくりというか、実際これを読破するのはたいへんである(笑い)。GIFが大量に貼られていてわかりやすい。
ほかにもThe Telegraph、The Guardianなど大手メディアから個人ブログまでこの手の記事は数え切れない ほどあるが、きりがないのでこれにて。
いやあ、百聞は一見にしかず、早くズビやんのプレイを観たいね。
おわり
久保建英が、スビメンディの野心的なパスの多さと空中戦の強さ(まず負けない、と言ってました)を誉めていたことを覚えています。
彼のソシエダ初ゴールも、ズビの縦パスからでしたね。