ひさびさに試合以外のエントリを書こう。
昨日のThe Athleticで、かつてはAFCのマッチデイプログラムでも戦術解説を書いていた、Michael Coxがとても刺激的なタイトル「Does Arsene Wenger really get football?」で記事を公開していた。「アーセン・ヴェンゲルはほんとうにフットボールを理解している?」。
Sorry to have to say this about one of the greats, but the more Arsene Wenger talks about potential law changes, the more you have to question, to be frank, whether he actually *gets* football.https://t.co/5Ga2B2nfUy
— Michael Cox (@Zonal_Marking) January 15, 2026
この話の前段として、まず先日、FIFAで働くヴェンゲルさんが主導するオフサイドのルール変更提案に対し、イングランドFAとUEFAが反対しているというニュースがあった。
Exclusive: Arsene Wenger’s radical offside reform opposed by British FAs and UEFAhttps://t.co/LBmEBSFS4O
— Martyn Ziegler (@martynziegler) January 13, 2026
FIFAが提案しているフットボールのルール変更、いわゆるヴェンゲル提案については、5年ほど前にこのブログでも書いたことがある。もしオフサイドルールがこの提案のとおりになったら、フットボールが劇的に変わってしまいそうな過激な提案。そうした複数のアイディアがある。
アーセン・ヴェンゲルのフットボール改革。オフサイド、キックイン提案いろいろ | ARSENAL CHANGE EVERYTHING
Michael Coxは、それらのルール変更について疑義をとなえ、そもそもヴェンゲルはフットボールというものにちゃんと理解があるのだろうか?とかなり辛辣な調子で書いている。「彼はルール改訂に加わるには最悪の人物かもしれない」とまで書いた。
云うまでもなく、アーセン・ヴェンゲルというひとは、フットボール世界にあのような歴史的・革命的なやりかたをもたらし、いまも非常にリスペクトされているひとりであり、こういうふうに批判されることはあまり多くないと思う。ましてや、誰よりもフットボールを愛したであろう本人のフットボールへの理解を問うような内容で。
だが、戦術エキスパートからの指摘は、残念ながら納得できてしまう部分が少なくない。
「アーセン・ヴェンゲルはフットボールを理解しているのか?」by Michael Cox
記事をざっくり要約しよう。小見出しは訳者による。

※ちなみにFIFA(ヴェンゲルさん)の提案する新オフサイドというのは、この図でいうところの“Daylightオフサイド”。攻撃側は身体の一部さえオフサイドラインの内側に入っていればオンサイドという過激なもの
- 彼はフットボールの歴史上、もっとも尊敬されているマネジャーのひとり
- 2019年にはFIFAで初の役職chief of global football developmentにも就任した
- だから、これはおかしな質問かもしれない。「アーセン・ヴェンゲルはほんとにフットボールのことわかっている?」
- もちろんヴェンゲルはこの世界の偉大な革命家のひとりだった
- アーセナルのマネジャーだった彼は、フットボール世界にこのスポーツへのアプローチそのものの再検討を促した。フィジカルの準備、スクワッドの多国籍化、芸術的なプレイ
- 彼があれほどの改革ができたのは、とても広範にこのゲイムを観る視野があったから
フットボールの詳細には関心のないヴェンゲル?
- フットボール界の哲学者とも呼ばれるJohan Cruyffは、試合を詳細に具体的に語るものでもある。だがヴェンゲルは、概ね、そうじゃない
- 2020年に上梓された待望の彼の自伝は、彼の経歴をまとめただけの驚くほど曖昧な内容で、彼が実際の試合をどれほど憶えているかさえ疑わしいものだった
- マネジャーとしての彼が詳細にまで執着したのは、オフザピッチのこと
- 彼はトレイニングドリルをきっちり15分間と設定し、それを1秒たりとも延長しなかった
- アーセナルがエミレーツスタジアムを建設したとき、彼が指定したのはドレッシングルームの形状とスタンドの傾斜のことだけだった
- ヴェンゲルというひとは、ピッチ上のことを細かく話すなどまったくなかったし、ありていに云えば、彼はフットボールというものを空間で観たり、理解したりしなかったのだ
- 彼がアーセナルを率いていたとき、彼は決して試合の勝敗についてちゃんと説明せず、彼が述べるのはつねにぼんやりしたクオリティのこと(それが重要なときは)
- 彼が話すのは、シャープネス、自信、あるいはナーヴァス、あるいは疲労。自分のチームに対し、ある特定のゾーンでさらされているとか、試合の特定の側面での効率とか、そういったことを考えているようには見えず
- 彼は、Rafael Benitez流のコンパクトネスについて語らなかったし、Jose Mourinho流のトランジションも語らなかった。Pep Guardiola流のハーフスペイスについても
- 今日のマネジャーの仕事は戦術の準備や意思決定。もしヴェンゲルがいまの英国フットボールに来たら、それはもうまったくマネジャーではない
- ヴェンゲルには個々の試合の具体的プランをつくらなかったし、試合中に決定的な介入を行うこともなかった。いまなら彼はスポーティングダイレクターだ
- こうしたことからも、FIFAの仕事は彼に合っているようだ。彼は広範囲にフットボールを語れる。ものごとを大局で分析もできる
- だが、問題は彼の役割が、試合のルールを策定するInternational Football Association Board(IFAB)に関わっていること
- この世界で広く尊敬されている元マネジャーがそこに関わるのはいいとしても、それが彼なのは最悪かもしれない
オフサイドその他ルール変更提案にみるヴェンゲルへの疑義
- ヴェンゲルが、じつはフットボールをあまり理解していないと思われるはっきりした兆候が、オフサイドルールの変更提案にある
- 彼は現行のオフサイドルールの厳しさに不満を抱いており、身体のどこかの部分がオンサイドならオンサイド判定にしたいと考えている勢力
- だが、そこにはふたつの問題点がある
- ひとつは、ヴェンゲルが「もうフットボールではミリメーターの判断はなくなる」と述べているが、それははっきり間違い。どんなルールをつくろうが、どんなオフサイドラインを描こうが、つねに幅の決断がある
- もうひとつは、選手たちがそれにどう対応すればいいのかという問題
- 理論上、攻撃側はオフサイドの判定時には横方向に走り、その後つま先を効果的にオンサイドの位置まで戻せば、どんなスルーボールにも走り込むことができることになり、それが許されるなら、これまでのフットボールから大革命になる
- その連鎖効果として、今度は守備側がハイラインを維持できなくなるかもしれない。結果的に深く守らざるを得なくなる
- これは、良くも悪くもフットボールを違うスポーツにしてしまう
- そもそも、オフサイドのVAR判定の問題のために、われわれは本当にゲイムの全体像にまで変更を加えたいのだろうか?
- 2010年のワールドカップ決勝でアシスタントレフリーを務めたDarren Cannのコメント:オフサイドルールをここまで劇的に変えると、誰も予想もしなかった結果を引き起こしかねない。それに、そうなるとVAR の判定が増えて遅延も増え、アシスタントレフリーが選手がオフサイドかどうかを判断するのがずっと難しくなる。もしわたしがいまもアシスタントレフリーだったら、そんなものが来たら辞めていた
- ヴェンゲルのその他の提案も理にかなうものは少ない
- 彼は、試合の速度を上げるために、選手はフリーキックで自分でプレイを始められるようにすべきと云う
- これもまた、間違いなく意図しない結果を引き起こすだろう。たとえば、ダイレクトフリーキックで選手が自分でボールをフリックして浮いたボールを壁を越えてシュートするなど
- こうしたことを望ましいものとして議論するのはいい。だが、ゲイムを根本的に変えかねない
- そもそも、フットボールのスピードをさらに上げる必要はあるのか?
- 似たようなもので、ヴェンゲルのお気に入りのキックインがある。オウンハーフ限定でスロウインに変えていいというもの
- だが、これはフットボールをさらにセットピース寄りにするはず
- ヴェンゲルの提案にはコーナーで曲がったボールが一度外に出てもそれを合法化するものもあるが、これもそもそもあまりにもニッチすぎる提案であり、いったい誰が得をするのか?
- ヴェンゲルのルール改訂案のほとんどは、彼のつくったアーセナルのようなチームには不利になるものばかり。ヴェンゲルの最後の数年はともかく、一般的にもとても魅力的でエンタテインメントなフットボールチームだった
- フットボール世界の偉大な人物についてこのように語るのは、とても悲しいことだ
以上
おれの雑感
記事を要約すると、フットボールの実際にはあまり明るくない人物が、スポーツそのものの性格を変えてしまいかねないルール変更に大きな影響力を持っていることは、非常に危険である。こんな感じ?
うーむ、残念ながらCoxの主張はけっこう理にかなっているかなあ。
ぼくは、ヴェンゲル提案については、どちらかといえば肯定的というか、彼が一貫してフットボールをエキサイティングなもの、エンタテインメントなものにしたがっている姿勢にはそれなりに共感もあった。ヴェンゲルさんというひとが好きだしね。もっとばんばんゴールが決まるようになって、アメリカ人にももっとサッカーを観てもらいたい気持ちはわかる。
でも、それが実際に実行されれば、フットボールにどんな未来が待っているかはあまり考えていなかった。云われてみればたしかにいろいろ雑な提案ではある。その結果どうなるか、あんたもちょっと考えればわかるだろ、とCoxも云わんばかり。もはや違うスポーツ。
あまりにも大きな変更で、多くの関係団体に拒否反応があるのもわかるし、むしろFIFAのような大きな団体が主導していることのほうが信じられない。
ちなみに、The Timesの記事ではヴェンゲル提案のオフサイドルールは、現行ルールにくらべて、オフサイドラインに最大で2メーターの違いが出る可能性があるらしい。ミリの話がメーターになっちゃったよ。雑なことだ。
アーセナルを辞めたあとのヴェンゲルさんは、結局フットボールの現場に戻ることはなく、76才という年齢的にもここから激務のリスタートはそうとう厳しいだろうから、もう彼のマネジャー姿を観ることはないだろうが、いずれせよ今日の現場では通用しないというのはそのとおりのように思える。
あるとしたら、ナショナルチームかねえ。日本代表とかはちょっと観たい。こんなことを書くと日本代表のファンに怒られるか。いまや彼らもすごい戦術的だもんな。
最近、マンUやチェルシーのマネジャーが解任された件で、役割の違いなど「ヘッドコーチ」と「マネジャー」についてわりといろんなところで語られていた。それで云えば、ヴェンゲルさんというひとは、ヘッドコーチではまったくなくて、さらに現代ではマネジャーですらないという。戦術などの詳細を語らない(語れない)マネジャーなんて、もうCoach Lassoくらいしかいない。
そういう意味では、Sir Alexも似たようなものだろうから(違う?)、時代もあるんだろう。そもそも、戦術戦術って騒ぎだしたのって、そんなに昔のことじゃないよね。とくに英国は、イタリアやスペインなどほかのヨーロッパよりも遅れていたように思われる。戦術家のように云われるコーチは、みんな海外からやってきた。
さて、VARよもやま話として、昨日のBBC Sport。
VAR did not make a mistake by awarding Florian Wirtz’s goal for Liverpool’s draw at Fulham, the Premier League’s Key Match Incidents Panel has said. pic.twitter.com/uZHW3iZCaH
— Match of the Day (@BBCMOTD) January 15, 2026
フラム戦でのリヴァプールのFlorian Wirtzが、VAR映像であきらかなオフサイドに見えながら、結局ゴールが認められて大きな議論になっていた件。その判定を、あらためてリーグのKey Match Incidents Panelが支持したというニュース。
この問題で出てくる「PL独自の許容範囲(tolerance)」。現状の技術の不確かさから5cmは誤差?として認められているという。シーズン前、クラブとチームには知らされていたが、メディアには周知されていなかったとかなんとか。これが何度きいてもよくわからない。VARはコンピュータシステムなんだから、1pxで白黒はっきりさせればいいんじゃないの? まさか裏ではVAR職人がロットリングで線を引いているとか。
そんな奇妙なルールが残っているのはPLだけだそうで、半自動オフサイド(SAOT)を導入したあとにそれを廃止したほかのヨーロッパのドイツ、イタリア、スペインなどならこのゴールは取り消されていたでしょうと。なんで、そんなへんてこなルールがあるんだろうね。マジで存在意義がわからない。
それと、このBBC Sportの記事の最後にある指摘。放送局が使ったフレイム(広くオフサイドの根拠とされていたもの)が、VARの選んだフレイムと違うんじゃないかという。例の、オフサイド判定にボールに触ったときと離れたときだと、最初にボールに触れた瞬間のフレイムを使うというルールから。
BBC Sport understands that the discrepancy lies in the choice of frame by the broadcaster.
The VAR selected the frame when Bradley first made contact with the ball, not when it left his foot.
The broadcaster froze the picture one frame later which gave the impression Wirtz was more obviously offside.
むしろこのルールを見直すべきだと思う。オフサイドを判定する瞬間は、ボールに触れたときじゃなく、離れたときで判断すべきでしょう。そっちのほうがあきらかにフェア。今回みたいに選ぶ箇所が数フレイムあるみたいなことが現実に起きるなら、そうしないとまたおかしなことになる。
あわせてよみたい
Fulham 2-2 Liverpool: Why was Wirtz’s goal onside through VAR?
おわり













