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最後のマッチデイ・プログラム、ヴェンゲル監督のコメントを翻訳した

最後のマッチデイプログラムいいなあほしいなあ、Tシャツいいなあとか思っていたら、redditにボスコメント(そういうコーナーがあるそうで)のページをアップしてくれた人がいて。読むついでに雑に訳したので、おひとつどうぞ。もちろん©Arsenalなのでひとつよろしく。



エミレーツ・スタジアムのマッチデイプログラムにてボスの最後のみことば

THE BOSS

マッチデイ・プログラムに話してきたのは600回以上。これがアーセンの最後のことば。

 

残念ながら、木曜のマドリッドでの敗戦という苦い記憶とともに、この最後のプログラムノーツを始めなければならない。

決勝までたどり着けるチャンスはなかなかない。だから苦しい。この2試合を通して思い返すなら、それは非常に、非常に受け入れがたい。わたしたちにはファイナルにたどりつけそうな気がしていたから。またドローの不運もあった。アトレチコ・マドリッドを引いただけじゃなく、初戦がホームだった。しかしいずれにせよ、チームはこの2試合にすべてを捧げたといわざるを得ない。チャンスを決めきること、守備の集中、それらが少し足りていなかった。今季だけでなくわれわれは何度も同じシーンを見てきた。われわれはコスタにやられるまでは、ほとんどアトレチコにチャンスを作らせずにハーフタイムに突入するところだった。でも1-0とされ、そのために難しくなってしまった。

それとローラン・コシエルニがシリアスな怪我を負ったのを見るのも辛かったといわざるを得ない。まだわたしたちも容態は詳しくはわからないが、長い時間の離脱になるようならローランには辛いことだろう。とくにワールドカップのある夏だったのだから。

いまわれわれはリーグの残り3試合を迎えようとしている。手始めはわたしのラストゲームであるエミレーツ・スタジアムでの試合からだ。個人的には、わたし自身悲しみに包まれるような気がしている。長いアーセナルでの物語の終わりの日だから。しかし、同時にこのクラブを率いることができたことを光栄に感じているし、宝物のように思っている。こんなに長い間、皆さんを幸せにできたことが光栄だし、将来的にもこのクラブを愛している皆さんがハッピーになること、期待どおりになることを願っている。

わたしは、わたししかアーセナルのマネージャーを知らない人とたくさん出会った。だからこれはクラブにとっていい機会なのだ。新しい人たちと新しいアイディアでクラブを前進させ続けること。それはわたしが人生をかけてチャレンジしてきたことでもある。

たくさんのファンに出会った。わたしのやろうとしたこと、やってきたことに賛同してくれるたくさんの人たちにそれこそ毎日のように出会った。今日はわたしにとってはわたしをずっと信頼してくれた人たちに感謝の気持ちを述べるチャンスだ。わたしはこの22年、つねに満席のスタジアムでマネージャーをするという贅沢を味わった。この仕事をしていれば、それは本当に贅沢なことなんだ。

それと、こんなにもたくさんの偉大な選手たちと仕事ができるという特権もあった。何よりもまず彼らはみな偉大な人間だ。そして偉大な選手でもある。ほとんどの時間、それらは彼らのなかに同居していた。それは特権だったし多くの人たちはアーセナルでポジティブな経験をしたんだと思う。

20年以上に渡ってクラブに対して、われわれが一体感を保持できたことをとても誇りに思う。選手たちは特別なアタッチメントなんだ。選手としての人生の一部は特別な場所を経験することで、それがつまりアーセナルなんだ。わたしはいつも自分たちのフットボールでそれをつくりたかった。振る舞い、メンタリティ、わたしたちがクラブにいるスピリットで。そして正直なところ、わたしに連絡をしようとしなかったり、ここに戻ろうとしない選手なんてひとりも思い出せない。それはアーセナルにあるべきだったプライドの一部でもあり、選手たちのこころに刻みつけるべきものだったと思う。

アーセナルの選手は世界中から来ている。スポーツというものは異文化の相互理解にも役立つし、クラブとしてそれに貢献してきた。わたしだけではなく、クラブのなかにそういったものがずっとあった。彼らがそれをわたしにさせたのだが、もしかしたらそれがなぜアーセナルが世界中で愛され、称賛されてきたかの理由になるのかもしれない。

経営陣はいつもわたしに外国人選手を買うことを勧めてくれた。いい選手限定だけどね! それが一番大事なことだ。みんな試合に勝つところを見たいし、クオリティが見たい。

何年もの間、わたしのチームとリンクされてきたものは、つながりのあるチームでプレイしたいという欲望だといえる。ハイペースでコレクティブなフットボールの複雑なフォームに選手たちをたどりつかせること。それはつまりこういうことで、最低でも3人の選手の動きが交わり、己の才能を表現し、人々にフットボールがコレクティブなやり方、高度な相互理解で表現されると感じさせたとき。それはもうアートだよ。

わたしがこの仕事のなかで失ってもっとも残念に思うのは、競争そのものだ。コレクティブな感情、みんなとの毎日の仕事とエモーションの共有、一体感を感じたいという欲求、それに目の前にある目標。すべてのインテンシティが恋しくなるだろう。なぜならそれはすべてわたしの生活のなかで知ったものだから。

逆にあまり失っても残念に思わないのは、これはもう明らかに、大きな失望と大きな苦痛だね。何か物事がうまくいかなかったときの孤独ったらない。この仕事ではうまくいったときは多すぎるくらいの称賛を受けるが、そうでなければこれでもかというくらいのネガティブな反応がまっている。極端な世界に住んでいるんだ。だからいつも重要なことはバランスが取れていることで、地に足をつけてそういったシチュエーションがあれば少し距離を置くこと。完全にノーマルでいられるようにね。だってそうでなければ、すぐに足元をすくわれることになる。

わたしは後任選びについては首を突っ込む気はない。それはわたしの仕事じゃない。でも彼にいうことがあるとすれば、彼がクラブのためになると思うことに忠実にいてほしいということだ。チームを適切に評価する、わたしはこのチームはクオリティを持っていると思う、それと自分のアイディアでチームを前進させること。過去に何が起こったかに惑わされすぎないようにして、クラブのためだけを考える。

わたしは、わたしのここで送ってきた人生についてひとつのことだけを頼りにしてきたんだ。それは、それがクラブのためになるかどうか? クラブを自分の持ち物みたいに考えて行動するんだ。それがわたしが次のマネージャーにアドヴァイスできることだ。アーセナルのために可能な限りいいことをするために毎日戦う強さを持つ。その準備をしなければならない。

わたしのファンの皆さんへの最後のメッセージです。何よりもまず、あなたたちの何年にも渡るすべてのサポートに感謝します。このクラブをいつも後ろから支援してくれたことはわたしたち全員にとり、とても特別なことでした。未来に何が起ころうとも、クラブがしていくことをどうか信じてください。あなたのように、わたしも一生アーセナルをサポートしつづけます。

以上。

これからはヴェンゲルさんもぼくたちと仲間ってことだな。

訳者ノート

毎度ながら、翻訳の間違いはあるかもしれない。今回はあまり悩まなかったけれど逆に間違いがあるかもしれない。たぶん80%くらいは合っているつもりなのでお許しください。

あとこれ、1ページめのクレジットに「Arsen was talking to~」と書いてあるので、ボスがしゃべったのをライター氏が書き起こして整えた、いわゆる口述筆記。日本でもビジネス書なんかはだいぶそんなふうに書かれているものがあるとか。これ豆知識。口述筆記で書き直しが少ないひとはとても優秀だといつかどこかで聞いたことがある。頭のなかでロジックが出来上がっていて、書いているようにしゃべれるということ。

ちなみにマッチデイプログラムは通販もあるみたいで、arsenal matchday programmeでググってからリンクをクリックすると。あーら不思議、一瞬で日本公式ストアにリダイレクト。使えねえ。

デジタル版Appはいつの間にか廃止の模様。残念。

送別会の模様と関係者のコメントをまとめたエントリをあげようと思っていて、先にこっちをあげてしまった。



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