シティ戦の敗戦から。
ぼくの観測範囲では、あの敗戦を強い調子で批難していたのはAFTVに取材されていたステディアムのファンくらいで、メディアもファンベイスも概ね「エメリには時間が必要だ」という冷静な意見で一致していたように思う。
事前にエメリのやりたいフットボールを知っていたひとなら、なおさらそのような結論にならざるを得なかった。
ところが、敗戦から1日2日と時間がたつにつれ、少なくない識者がそれでもエメリのシティ戦でのやり方は間違えていたと批判する論調が目立ち始めた。
シティ戦のアーセナル批判。same old problemsを指摘するひとたち
たとえば、アーセナルレジェンドのトニー・アダムスは「プリシーズンの5-6週間も使ってエメリはいったい何をやってたんだ」と一喝。エジルのパフォーマンスに対しても疑問を呈し、「アーセナルにはヴィエラ以来キャプテンはいない」と今季のキャプテンのひとりに任命された彼を一蹴した。
ほかにも同じくレジェンドのシーマンもエメリの戦い方に疑問を投げかけていたし、ポール・マーソンはチームの変わらぬメンタリティの弱さを指摘。ビッグサムことサム・アラダイスにいたってはハイプレスをかけてくることがわかっている相手に対しバックからのビルドアップにこだわることは「愚かしい戦術」と厳しいコメントを寄せた。
エメリの評価基準
メディアやファンがいくら騒ごうとも、アーセナルFCのなかではウナイ・エメリの今シーズンの成績をどう判断するかは、シーズンが始まる前からきっとたしかな評価基準が存在しているはずだ(ビジネス的にもこの規模のビッグプロジェクトでそれが存在していなかったら逆に怖い)。
1年目の成績をどう評価するか。結果を出すまでに何シーズンの猶予を与えるか。
ファーストシーズンを評価する基準として重要なのは結果よりも試合内容だろうが、ある程度は結果も評価の対象にはなるだろう。チームに新しいプレイスタイルを浸透させようといくらがんばったところで、極論、成績不振が高じて降格しそうだとなれば、いくら時間を与えるといっても黙って見ているわけにはいかない。シーズン中に解任されることだって絶対ないとはいえない。
一方でトップ6を陥落したくらいでは初年度のエメリを解任するとは思えない。初戦シティ戦の戦い方を見る限りでは、現時点では、実戦においてすら勝敗よりもチーム戦術の浸透が優先されているように見えた。目先のポイントよりもエメリのプレイスタイルの浸透を優先することが許されているわけだ。アラダイスの批判にはその視点が欠けている。
また、PL中位クラブの今季のスクワッドの充実ぶりをみれば、7位や8位、あるいはそれ以下の順位でフィニッシュするといったこともそれなりのリアリティがある。
チェルシーが10位で終わった15/16シーズンにはシーズン中にモウリーニョが解任されたが、エメリの場合、試合内容に希望が持てている限りは、10位でも続投するかもしれない。
ちなみに長期政権のあとを引き継ぐという、現在のアーセナルと状況が似ている13/14シーズンのマンUは、成績不振(リーグ7位)のモイーズをワンシーズン限りで解任している。しかし、このモイーズのケースが参考にならないのは、彼の場合結果もさることながら試合内容そのものを疑問視されたからだ。あのフットボールで世界一プライドの高いクラブやファンを納得させるのは不可能だった。
そういう意味では、エメリの1年目と数シーズン先までを評価するにあたり参考になるのは、やはりプレミアリーグに続々参入しているモダンフットボールの旗手たちだろう。
モダンフットボールの先輩たちのプレミアリーグでの成績
前置きが長くなってしまった。ここからが本題である。
ウナイ・エメリの努力がクラブからどのように評価されるか。クラブに相対的な基準があるすれば、彼と同じ「戦術家カテゴリ」に属している、近年イングランドで成功を博している比較的年齢も近いモダンフットボールのコーチたちが残した成績ではないだろうか。エメリのここまでのコーチングキャリア、プレイスタイルなら当然彼らと比べられるべきである。
ここでは、ペップ・グアルディオラ(マンシティ)、ユルゲン・クロップ(リヴァプール)、マウリシオ・ポッチェティーノ(ToT)という3人のマネージャーのプレミアリーグでの成績を確認していきたい。彼らはどのように世界一厳しいといわれるプレミアリーグでキャリアを始めたか。どのように苦労したのか。
以下にシーズンごとのリーグ成績、補強選手などをまとめた。
ペップ・グアルディオラ(マンシティ)2016/17~
最終順位 | W | D | L | GD | Pts | 補強選手 | 補強コスト | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
2016/17 | 3位 | 23 | 9 | 6 | 41 | 78 | John Stones, Leroy Sané, Ilkay Gündogan, Nolito, Claudio Bravo, Gabriel Jesus etc… | 192M |
2017/18 | 1位 | 32 | 4 | 2 | 79 | 100 | Benjamin Mendy, Kyle Walker, Bernardo Silva, Ederson, Danilo, Aymeric Laporte etc… | 285M |
ファーストシーズンの16/17シーズンこそ結果が出ない試合もたびたびあったものの、それでもシーズンを3位でフィニッシュ。2シーズンに渡っての巨額を使った積極補強で2年目には「インヴィンシブルズの再来」とまでいわれる記録破りのチームをつくりあげた。
基準になるといっておきながら最初にこういっては何だが、グアルディオラはちょっと別格だろう。
スペイン、ドイツ、イングランドとメジャーリーグでことごとく結果を出しているので、マネージャーとしての能力は最高級であることにほとんど疑いがない。たった1年の準備期間を経てもっともコンペティティブといわれるリーグで期待に違わぬ最高の結果を出したことは、現在彼以上の能力のあるマネージャーがこの世界に存在しないことの証でもある。
それでも彼の1年目をおさらいすると、16/17シーズンには6敗しており、唯一ダブルを喰らっている相手がこのシーズンの優勝チームだったコンテのチェルシー。ホーム・アウェイで1-3、2-1でそれぞれ敗れている。
またレスター、エヴァートンといった中位クラブにそれぞれアウェイながら4失点して負けている。17/18シーズンにはほとんど無敗優勝の勢いでポイントを重ねていたことを考えると、たったワンシーズンで恐るべき進歩である。
エメリのアーセナルが今季同じように負けることがあったとしても、グアルディオラですら初年度にはそのように負け試合があったということはファンのこころの慰めにはなるかもしれない。
アーセナルがグアルディオラを基準にできそうもない要素はもうひとつあって、それは補強である。上に記した補強コストを見てもらえばわかるとおり、わりと天文学的な数字となっている。アーセナルがこれに追随することはオーナーが変わるでもしない限り不可能なので、クロンキのプライベートクラブとなったAFCにはつまり不可能ということである。
ユルゲン・クロップ(リヴァプール)2015/16~(※追記2015.10月シーズン途中での就任)
最終順位 | 勝 | 分 | 負 | GD | ポイント | 補強選手 | 補強コスト | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
2015/16 | 8位 | 16 | 12 | 10 | 13 | 60 | Christian Benteke, Roberto Firmino, Nathaniel Clyne, Danny Ings, James Milner etc… | 112M |
2016/17 | 4位 | 22 | 10 | 6 | 36 | 76 | Sadio Mane, Georginio Wijnaldum, Loris Karius, Ragnar Klavan, Joel Matip etc… | 71M |
2017/18 | 4位 | 21 | 12 | 5 | 46 | 75 | Mohamed Salah, Alex Oxlade-Chamberlain, Virgil van Dijk etc… | 151M |
今季、シティとタイトルを争うとまでいわれているのは、今季まで続く補強の成功(さらに今季はケイタ、ファビーニョ、アリソンといったトップレベルの補強に成功)と、とくに昨シーズンCLファイナルまで上り詰めたフットボールの劇的な進歩が見られたからだ。
昨シーズンのリーグ順位こそ4位で終わっているものの、先日も「ESPN The Luck Index」でも指摘されていたようにこの結果は内容を表していない(アンラッキーなポイントがなければ2位だったといわれている)。
近年のリヴァプールの躍進については、もちろんサラーやマネ、フィルミーノといった選手補強が当たっていることも大きいが、クロップのフットボールがチームに浸透してきたことも大きいことは間違いない。
ドルトムントであれだけの実績を残した彼ですら、ゲーゲンプレッシング(カウンタープレッシング)に代表される彼の得意な戦い方で結果を出すには、やはりこれだけのシーズンがかかったともいえる。
※追記(2018.11.6):ユルゲン・クロップのマネージャー就任は2015.10.8のことで、シーズン中、前任のブレンダン・ロジャースの成績不振での解任のあとを継いだものとのこと。初年度はシーズン中の就任ということでその分の難しさを考慮する必要がある。コメントでの指摘感謝。
8位に終わったファーストシーズン、このシーズンは10敗と12分している。負け試合を見ると、ホームでウエストハム(※追記:ロジャース時代)、サウサンプトン、スウォンジーに3失点、アウェイでマンU(※追記:ロジャース時代)、ワトフォードに3失点して負けている。とくに序盤の10試合はW3 D5 L2とプレミアリーグの洗礼を浴びたかっこうで、わりと悲惨な数字を残している(※追記:D2以外はロジャース時代)。その後2月にはいってようやく3連勝を2度やったきりで、なかなか波に乗れなかった様子も伺える。
クロップで初めてトップ4フィニッシュした2シーズン目は、突然白星が増えているが、このシーズンもやはり1月に入ってから10試合でW3 D4 L3とがっくり調子を落とした。
3年目の17-18シーズンはサラーの影響力が大きすぎて(リーグ32得点、CL11得点)、クロップを正当に評価するのは難しいが、CLではファイナルまで進みレアル・マドリッドを十分苦しめたのだから、クオリティに疑問はない。
なお、リヴァプールもシティに追随するレベルの補強をしており、18/19シーズンの補強コストは夏だけでもすでに163Mポンドを費やしている。
逆にリヴァプールはこれだけの補強をして十分な戦力を持っているのだから、今シーズンはタイトルを取れないほうがおかしいとモウリーニョにプレッシャーをかけられている(笑い)。
マウリシオ・ポッチェティーノ(ToT)2014/15~
最終順位 | 勝 | 分 | 負 | GD | ポイント | 補強選手 | 補強コスト | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
2014/15 | 5位 | 19 | 7 | 12 | 5 | 64 | Ben Davies, Eric Dier, Dele Alli etc… | 43M |
2015/16 | 3位 | 19 | 13 | 6 | 34 | 70 | Heung-min Son, Toby Alderweireld, Kevin Wimmer, Kieran Trippier etc… | 63M |
2016/17 | 2位 | 26 | 8 | 4 | 60 | 86 | Moussa Sissoko, Vincent Janssen, Victor Wanyama etc… | 75M |
2017/18 | 3位 | 23 | 8 | 7 | 38 | 77 | Davinson Sanchez, Serge Aurier, Fernando Llorente, Lucas Moura etc… | 109M |
ファーストシーズンを5位で終えた以降、コンスタントにトップ4に入っており、今シーズンも下馬評ではトップ4入りの本命である。
彼らもサラー擁するリヴァプールと同じく、ポッチェティーノだけの能力をいまいち計りづらいのは、リーグベストのストライカー、ハリー・ケインを抱えているからである。
彼らはほとんどいるといないでは最終順位にすら大きく影響する選手たちだ。
とはいえ、ポッチェティーノが就任する前のToTの成績(それ以前の20年間でトップ4フィニッシュは2度だけ/4位が2回)を考えれば、ToTをトップクラブの仲間入りさせたポッチェティーノの功績はToTにとってはとてつもなく大きい。
いまだマネージャーキャリアにおいてタイトルこそないものの、彼らのようなクラスのクラブなら、現在の成績もほとんど望外のものに違いない。場違いも甚だしい。
補強コストを見ても、シティやリヴァプールよりもアーセナルに比較的近い予算規模でこの成績を残しているのは立派で、逆にアーセナルの補強の失敗が際立つ。
もっとも、18/19シーズンに入り夏の補強ゼロで世間を驚かせたように、今後短くない期間で新ステディアム建設の負債を負いチーム運営に支障が出るという10年前のアーセナルと同じ状況に陥るのは確実と見られている。彼らがこれから補強で劣勢に立たされることを余儀なくされることを考えると、現在の立場を守れる保証はどこにもない。
今後のシーズンはポッチェティーノにとっては厳しい戦いになるはずである。降格しろ。
エメリの及第点とは
グアルディオラは参考にしない。
クロップとポッチェティーノの成績を基準に考えるならば。
エメリにトップ4外フィニッシュが許されるのは今季のみ。
そして
来季以降はトップ4に入る必要がある。
さらに(リヴァプール基準では)
3~4シーズンでタイトルを争えるチームにする必要がある。
ギャリー・ネヴィルがエメリが成功するには3、4回の移籍市場が必要といっていたのは、このことだったと。
エメリがクロップやポッチェティーノの残した成績よりも、だいぶ劣っているとなって初めて、彼への批判が正当性を帯びる。それまではグダグダいうなってこった。
もっともエメリはエメリで克服しなければならないアーセナルに特殊な課題(22年マネージャーが変わらなかったわけで)というものもあるだろう。そこは割り引く必要はある。
今季の及第点
今シーズン、エメリはどの程度の成績を残すとクラブから及第点をもらえるのか。
クロップ、ポッチェティーノの初年度の分けと負けの数がそれぞれ、D12 L10とD7 L12。
つまり10試合負けてもまあ大丈夫。ポイントを落とした試合が、38試合中で19~22試合。だいたい半分くらいの試合でポイントを落としてもいいことになる。
なーんだ結構ゆるいじゃないか。余裕余裕。
シーズン半ばころにもう一度このエントリを確かめにくる事態にならなければいいけど。
以上
リバプールの2敗と3分けはロジャースなんだよなあ
途中就任で順位の言い訳がしやすくて、
そのシーズンをまるごと準備期間に出来たのが結果的に良かったのかな
こうしてみると、ペップってすごいのな。
次のチェルシー戦は落としたくないな。勝ってくれい
おっしゃるとおり。
場違い甚だしすぎ。
楽しい記事、ありがとうございます。
マンC戦、上出来だと思いながらも、心のどこかでエメリへの疑念が出てきていましたが、この記事読んで考えが変わりました。
チェルシー戦、広い心で観戦しよっと。
だからクロップは途中就任だって
あーごめんごめん。前のコメントも気づいてたんだけど確認しようとして放置してたらすっかり忘れてた。ありがとね!