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なぜアーセナルはローンでしか冬の補強ができないのか? 問題のSTCCについて

EPLウェストハム戦を前にして、エメリのプレスカンファレンスでの発言が話題になっている。

会見のなかで、現在開催中である冬の移籍市場での補強について問われたヘッドコーチはつぎのように答えた。

on who may come in…
We cannot sign permanently. We can only loan players. Only loan players.

(誰か取るかもしれない?)

エメリ:われわれにはパーマネントでの獲得はできない。獲得できるのはローンの選手だけだ。

これまでのアーセナルの動きやクラブ関係者からの数々の発言からすれば、冬の補強に積極的でないこと自体はとくに驚くべきことではなかったかもしれない。

しかし、それでも最低限の、せめて長期離脱したけがの選手の穴を埋めるくらいのいくばくかの補強予算はクラブにはあると信じていたファンたちも、マネージャー本人の口から「ローンでしか補強できない」と聞かされて混乱に陥った。

プレス会見に出席したあるジャーナリストのツイート。

エメリのプレスカンファレンスのあとオフィスに戻って、あらためて自分の耳を疑った。彼はローンでしか選手を獲得できないと云ったのだ。2.2ビリオンポンドの価値があるクラブで、Deloitteマニーリーグで6位、198ミリオンポンドの収入のあるクラブでだ。これはもうスキャンダラスだ。

折しも、アーセナルはバルセロナのMFデニス・スアレスの獲得について交渉中と云われており、ローンかパーマネントディールかどちらの契約になるかは交渉の焦点になっていると思われていた。

それが、エメリのコメント通りだとすると、アーセナルはバルサが望まないローン契約でしかオファーをしていなかったことになる。

スアレスについては本人も移籍に乗り気と伝えられ両クラブで利害が一致しているはずの案件なのに、なかなか進まないのはおかしいなと思っていたが、道理で決まらないわけだ。

このエメリのコメントをきっかけに、いまアーセナルのファン界隈では大きな議論が巻き起こっている。「なぜおれたちはこの冬にローンでしか選手を獲得できないのか?」と。

そこにはこの冬の補強だけでなく、もっとクラブ運営に対して大きな影響のある事情があったようだ。

ただ「クロンキのばか! もう知らない!」とオーナーを罵っていれば済む話しではなかったのだった。

ぼくも一連の議論を追って、問題の本質がやっと少し理解できた(と思っている)ので、ぼくの理解の範疇ながらそれをシェアしたいと思う。



今回の件でファンベイスで絶賛されているのが、このブログ記事『アーセナルとFFP:なぜクロンキに怒りの矛先を向けることがお門違いなのか』。

Arsenal and FFP: Why your anger with Kroenke is misplaced – You Are My Arsenal

FFPやFAのルールなどをざっくり解説し、なぜアーセナルがいま選手補強に苦労しているのかを説明している。

これを読んでなお疑問なこともあるし、ぼくには理解するのが結構難しかったけど……。こちらをもとにぼくの見解も加えながら書いてみたい。

アーセナルは新選手を受け入れる余裕がない

ぼくもずっと、アーセナルにはキャッシュがあるのにどうしていつもそれを補強に使わないのか、オーナーが守銭奴だからなのか?とずっと疑問に思っていた。

しかし、アーセナルが大きな補強ができないのは、補強資金がないからではなかった。

いや厳密に云えば、補強資金が限られていることもアーセナルがこの冬にローンでしか補強ができない理由のひとつには違いないが、どちらかといえばそちらは本質ではない。

結論から先に云うと、問題はスクワッドの選手給与総額を制限するプレミアリーグのルールにあった。

それを「STCC」という。こちらのブログにもより詳しい説明がある。

Premier League update their FFP rules

アーセナルがなぜ(高額な)選手を取れないのかという疑問についての答えは、既存選手の給与コストでSTCCの給与上限がすでに圧迫されており、新たに選手を受け入れるだけの余裕(枠)がないになる。

今回エメリが「ローンでしか取れない」とコメントしたことは、こちらは(給与だけでなく)補強資金の話しでもあるので若干ややこしいが、いまのアーセナルの状況をシンプルに説明するならば、

  • 補強資金がない(実際に補強の予算が少ない+夏に予算を取っておきたい) ←今回のエメリ発言はこれ
  • 選手給与枠に余裕がない(高給が必要になるような選手はそもそも取れない)

ということになる。

ルールにより選手給与総額の上限が定められているので、仮に補強資金が潤沢であっても無制限に選手を取ることはできないということ。これはどのクラブでも同じである。

アーセナルにはキャッシュもあり補強資金が全然ないわけではないので、その点ではいくらオーナーを批難しても仕方がないということらしい。この件でクロンキがいくらAFCに私財を注入しようと、給与総額がSTCCで制限されている以上、取れる選手は変わらないというわけだ。

では選手給与を制限するルールとは具体的にはどのようなものなのか。

PLで選手給与総額の上限を決める独自ルール「STCC」

プレミアリーグにはクラブの財政健全化を目的とした独自のルールがある。それが、PSRとSTCC。

プレミアリーグ版FFPともいうべきもので、これらによってPLはあらかじめクラブがずさんな運営で経営破たんすることを防ごうとしている。

PSR(Profitability and Sustainability Rules)は、クラブの損失の上限を決めるルールで今回の件とはあまり関係がない。とくにアーセナルという毎年利益を出しているようなクラブには。置いとこう。

今回問題となっているのは、STCC=短期コストコントロールのほうである。

STCC(Short Term Cost Control)は、インフレする選手給与額が急激に上がりクラブの財政を圧迫することを防ぐためのルールで、その内容を簡単に云えば、

選手給与総額の増加は(前期間を基準にして)毎年7Mポンドまで

ということが定められている。基準期間はFFPと同じ3年。

ちなみにこれは急速にインフレしているヨーロッパのフットボール、とくにプレミアリーグでは毎年7Mポンドの増加は実態にそぐわないくらいに小さいものであるようだ。

そして実際にトップクラブは7Mポンドの増加よりももっと多くのコストを選手給与にかけている。

なぜそれができるか。

じつはこの「7Mポンドの増加」は、クラブは収入(スポンサー収入、マッチデイ収入、UEFA大会の賞金など)によって増加額を増やしていけるというルールがあるという。

アーセナルは選手給与でなぜライヴァルに比肩できないか

なぜライヴァルクラブに比べてアーセナルだけが補強で苦しんでいる(ように見える)のか。

それはアーセナルがSTCCの給与増額の金額をライヴァルクラブのように増やせていないからである。

くだんのブログとぼくの理解を交えて説明してみよう、

アーセナルの問題は、選手給与がすでに圧迫されているのにSTCCの増加額を増やせていないということ。具体的に起きていることを整理すれば以下となる。

  • 収益の鈍化(CLからの脱落、2大スポンサー契約の終了、選手売却の失敗)
  • 選手給与の急激な増加(エジルの新契約、PEA・ミキタリアンなど高給選手との契約、その他収入とミスマッチな選手契約)

オーナー投資でカヴァーすることができるというPSRと違い、STCCの毎年の基本増額を増やすには、クラブはマッチデイ収入、スポンサー収入、あるいは選手取引などで収益を増やすしかない。

アーセナルはそのどの部分においても、大きく増やすことができていない。

もっとも大きな原因は、2シーズン連続でCL出場を逃したこと。それが原因としてはかなり大きいようだ。クラブがいかにCL出場を悲願としているかが伺える。

それと、選手契約マネジメントの失敗。

先日Swiss RambleのPLのファイナンスを分析する連続ツイートを紹介するエントリでも触れたように、アーセナルはPLトップ6クラブのなかで近年もっとも選手売却による収入が少ない。

いまも去年夏には50Mポンドものオファーもあったといわれているアーロン・ラムジーをまさにフリーで手放そうとしているところだ。

ラムジーという選手については賛否もあるが、40-50Mポンド程度価値ある選手をタダで放出しようというのだから、マネジメントの失態を責められても仕方あるまい。それでも彼を今シーズン50Mポンド分使い倒しているというのならまだわかるが、ラムジーは現在ファーストチョイスですらない。こういうことはもう起きてはならない。

そして、エジルの莫大な契約を筆頭に、アーセナルでは総じて選手給与が高いと考えられている。

PLではアーセナルの選手給与の総額は5位だが、それでも世界中のクラブのなかでほとんどトップクラスなのだそうだ。このELクラブが。

なぜCLから脱落したチェルシーのようなクラブでSTCCが問題になっていないか?

ところで、アーセナル同様、チェルシーは今季CLから脱落しているにも関わらず、トップ6のなかでは冬の補強にかなり積極的なように見えるのはなぜか。

くだんのブログではちゃんと説明されていないが、ぼくが考えるに、おそらくSTCCで定められているのが「増額の金額」であるからだと思う。

このルールが16/17シーズンから始まったというのがキモで、つまりその時点でチェルシー始め、シティやマンUといったほかのライヴァルクラブ(ToTを除く)はすでに十分に高レヴェルの選手給与体系だったのではないだろうか。

逆にアーセナルは、その時点から急激に給与コストが伸びた。(※エジル・PEA・ミキタリアンの3人で週給730k)

だからライヴァルクラブについていけていないし、さらにそこにCL脱落などの収入減があり、踏んだり蹴ったりな状況になっている。そう考えている。

  • ライヴァルクラブはもともとの給与レヴェルをさらに伸ばしているし、オーナー投資もある
  • アーセナルはもともとの給与レヴェルを伸ばせておらず、オーナー投資もない

これでは移籍市場で苦しくなるのは自明である。

ヴェンゲル・ガジディスのケイオスなマネジメント

STCCが始まった16/17シーズンといえば、前シーズンを2位で終えながらもアーセナルがいよいよトップ4陥落かと、ヴェンゲル体制下で実力的にもCL出場枠の瀬戸際にいた時期で、このヴェンゲル体制の末期となる前後の時期にアーセナルはいくつものミスマネジメントをやった。

サンチェス・エジルを契約が1年を切ってもクラブに残した判断はその最たるものと云えるだろう。いま振り返れば、ちょっとしたパニック状態だったのかもしれない。

仮にマネージャーがそういう希望を持っていたとしても、CEOなりクラブ側がそれはリスクが高すぎると説得するべきだった(実際にいまこうしてクラブ運営上の大きなリスクとなっている)。それはクラブにおけるヴェンゲルさんの権力が強すぎることの弊害でもあっただろう。

13/14にエジル、14/15にサンチェスを買い、その後16/17にはジャカとムスタフィ(とペレス笑)、17/18にラカゼット、ミキタリアン、オバメヤンといったエスタブリッシュメントな高額選手をどんどんと補強していったが、このあたりのアーセナルらしくないリスクをかけた大胆な補強戦略がその後の成功に結びついたかどうかは、ELを戦いつつトップ4フィニッシュが難しい現在の状況では、肯定的にはなれそうもない。

やっとアーセナルが金を使うようになったとビッグプレイヤーとのサインにファンは喜んだものだが、われわれが本当に望んでいたのは高い買い物ではなく、クラブの成功だということに今頃気づいている。

(ちなみにヴェンゲルさんがエジルに週給350kポンドで4年の契約を与えたことは、このSTCCルールを知ったいまでは、なおさら血迷った判断だったのではないかと思える。彼はひとりの選手にただ4年間毎週350kポンドという目が飛び出るような大金を投じただけでなく、STCCを知りながらそれにより新しい選手を受け入れるチャンスを奪ったのだから)

アーセナルFCの新体制はクラブ運営の再編に取り組んでいる最中

現在、ラウル・サンレヒ、ヴィナイ・ヴェンカテシャン、スヴェン・ミズリンタットらが目下取り組んでいるのが、このクラブのマネジメントの再構築だ。

彼らのクラブ運営に対するいくつかの発言からは、このポスト・ヴェンゲル&ガジディス時代から、本来のクラブのあり方を取り戻そうとしている様子が伺える。これぞまさしく変革である。

そして、いまそれは始まったばかりである。

そう考えると、現在はウミを出している最中ともいえ、その作業には当然痛みも伴うだろう。

今回のように補強の必要がありながら移籍市場で満足な動きができないなどということも、その痛みのうちに入るはずだ。

われわれはローンでしか獲得できないのだとコメントしたときのウーナイの心情はいかばかりだったか。

彼はアーセナルの変革をともに行う重要スタッフの一員で、この仕事を受け入れた時点で今シーズンの予算が厳しいことなどは重々承知だったろうが、彼の仕事のタフさは周囲からも十分理解されなければならないと思う。

ぼくらはエメリのマネージャーとしての仕事について、チームを変革していくために何年の猶予くらいは認めなければといったことを語りがちであるけれども、一方ではクラブ運営についてもまったく同じように変革が進行していて、そちらもまた、おそらく本来のあるべきAFCの姿に戻るまでにはしばらくの猶予が必要なのかもしれないと思われるのである。

トラスト・ザ・プロセスということですな。

われわれファンがそのことを理解して、しばらくはクラブにもエメリにも生暖かい眼差しを持とうと思うこともアーセナルというクラブにとっては決して悪いことではないだろう。

なぜ夏に補強予算を取っておきたいのか

さて、くだんのブログでは、長文を読まされて「もうおれたちはトップ6のライヴァルたちと争えない」とすっかり意気消沈してしまっているアーセナルサポーターに向けて、来季以降の明るい材料も示してブログエントリを終えている。

彼は、夏になればアーセナルは状況が好転するはずだし、またCLに復帰できたらさらにそれが良くなると主張している。

  • エミレイツとの新しい5年契約のスポンサーディール(シャツとステディアム)が開始(総額200Mポンド)
  • アディーダスとのキット契約が開始(年60Mポンド。※これまでのピューマとの契約の2倍)
  • これらにより、アーセナルはSTCCでただちに50Mポンドは給与が増やせる
  • 加えて、コシエルニ、ラムジー、チェフ、リヒトシュタイナーといった契約満了選手(週給で計500kポンド)の給与が浮く

要するに、なぜアーセナルができるだけ夏に予算をキープしておきたいのかといえば、この冬にSTCCで制限されたなか中途半端な選手を取るよりは、自由に使える予算がより増える夏に集中させたいと。そういうことになるようだ。

なーんだアーセナルの未来は明るいのかやったね☆

以上。



12 Comments on “なぜアーセナルはローンでしか冬の補強ができないのか? 問題のSTCCについて

  1. STCCの存在を分かっていながら正しい理解を得るのが難しかったので、本当に有り難いエントリーです。

    サラリーキャップも総額規定ではなく、公平性は保たれているのか怪しいのですが、ルールの存在を知りながら対処できなかったのは、ピッチ面以外を考えたらクビにはできないと言われていたヴェンゲル監督が思った以上に機能していなかったのだなと。

    1. ああ、サラリーキャップってことばなんか聞いたことありますね。

      プロスポーツの世界ではわりと一般的なのか。気づかなかった。

      ググったら日本語ウキペに「サラリーキャップはヨーロッパでは導入されていない」と書かれていた。。

      1. 国内完結でドラフトとセットのアメリカならではかも知れませんが、メジャーリーグにはなく、クロエンケが唯一チームを所有してないのがメジャーリーグです 笑。

    1. パパに褒められたありがとう。今日ロンドン・ダービーがんばれよ! 観てるぞ!

  2. 読み終えたときの納得感すごかったッス。
    ありがとうございます。
    これまでのツケやこれからの混乱がわかったうえでおれたちのチームを引き受けてくれたエメリ様ってほんと神ですね。
    ラムジーと延長しなかったことや、エジルを固定しないことなんかも実はいろんなことが絡み合って出した答えなんですかね。
    給与総額のことなんて考えたら使わない試合もあるエジルのプレミア最高クラスの給与はほんと不良債権以外のなんでもないんだろうなと思うと、エメリ様ってほんとすごい。
    2、3年後、いやもっと先かもだけどエメリのチームでプレミア制覇したらと夢を見ながらいつまでもサポーターであり続けたいと思いましたよ。
    COYG

  3. エジル活躍してくれ…
    本当に大好きな選手なんだ。
    これ以上批判されるのは見ていられない。

    1. エジルに大きすぎる契約を与えたクラブの決断は結果的に批判されてるけど、ただエジルがその期待に応えてくれればよかったんだと思うのよね。

      エジルの活躍を喜ばないグーナーは世界中にひとりだっていないと思うよ!

  4. とても勉強になる記事でした。
    ありがとうございます!
    金満PSGを指揮していたエメリが、
    会見で「金が使えない!」って言わなきゃならないっていうのは切ないですね。
    メルシーアーセンと感動的に送られた前任者、クラブに残した負債を改めて考えると複雑な気持ちです。

  5. それもこれも大きくはCLを失ったからなんだよなあ
    1時リーグ突破で入場料賞金で100億近い収入になる

    プレミアリーグ発足以降、最も成功した英国クラブのリバプールが中堅になり、アーセナルが躍進し、ユナイテッドが圧倒的先行者有利を築いたのはCL収入とPLの放送による収入だもんなあ

  6. 解説ありがとうございました。
    当面アーセナルはサラリーが高くなりがちなFA選手には手を出しづらかったりするんでしょうか?
    FA=サラリー高騰というわけでもないのかな?

  7. 今冬は獲得と放出がセットなのではないかと思ってます。

    ラムジーに目が行ってしまいますが、
    エルネニーやジェンキンソンらカップ戦要員の売却ができれば、1人か2人の給与枠は確保できるのではないでしょうか。

    ローンでしか獲得できないは半分嘘で、半分本当な話ではないかと思います。

    スアレス、カラスコ、ベナティア…守備を固めるか、崩しの切り札か、エメリとサンジェイの秘蔵っ子か、チョイスは間違えると今シーズンのトップ4は遠ざかると思います。

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